伝説のレスラー マネージャー編 vol.9/J・J・ディロン
伝説のレスラー マネージャー編
第9回目の今回は
「極悪仕掛人」 J・J・ディロンの登場です。
ヒールのマネージャーとして知られ、日本では「極悪仕掛人」の異名で呼ばれていた。
ブッカー業務などのエグゼクティブ面でも手腕を発揮し、90年代はWCW 、WWEの両団体で要職に就いているほどの実力者である。
1962年 地元ニュージャージーでプロレスラーとしてデビュー。
ジョニー・バレンタインを意識したブロンドのヒールとして売り出された。
68年から五大湖地区に進出。
その後 70年代はカナダやNWA南部のアマリロ、フロリダ、ジョージア、ミッドアトランティックを転戦。
アマリロではファンクスやキラー・カール・コックス、テッド・デビアス等とタイトルを争い、モンゴリアン・ストンパーや日本から修行に来ていたカンフー・リー(グレート小鹿)のマネージャーも務めている。
74年に「ジム・デュラン」のリングネームで全日本プロレスに初来日。
以降も日本での活動の場を全日本プロレスにし、通算7回来日している。
77年には犬猿の仲だったシークとブッチャーに史上最凶悪コンビを組ませ、世界オープンタッグ選手権にブッキングするなど悪の仕掛人ぶりを発揮している。
82年頃からフロリダで本格的にプレイングマネージャーとして活動するようになり、ブロディ、ロン・バス、ケンドー・ナガサキ等のヒール勢をコントロール。
同地区のスターであるダスティ・ローデスとの抗争を指揮した。
自身もミスター・レスリング2号を破り、NWAフロリダヘビー級王座を獲得している。
83年の来日ではカブキの凱旋帰国試合の相手を務めている。
84年にローデスと共にフロリダを離れ、ジム・クロケット・プロモーションのある ミッドアトランティック地区に移籍。
現役を引退しマネージャーとブッカー業に専念。
85年にはリック・フレアー率いる 伝説のユニット 「フォー・ホース・メン」のブレインとなって彼らをサポートした。
しかしテッド・タナー買収後のWCWには留まらず、89年にビンス・マクマホンにヘッドハンティングされた形でWWFに移籍。
タイタンスポーツ社の副社長のポストに就いて辣腕を振るった。
96年 WWFを脱退してWCWに復帰。
コミッショナーの立場で現場にも復帰した。
新生フォー・ホースメンと共闘してnWoやエリック・ビショフと抗争を繰り広げた。
2001年 WCW崩壊後はTNAに「チーフ・ファイナンシャル・オフィサー」として登場。
2003年 TNAを脱退。
フルタイムでのプロレスビジネスから引退した。
近年は各地のインディー団体にゲスト出演しており、2006年にはROHのTVショーに登場している。
2008年にはリック・フレアーの引退セレモニーに かつてのフォー・ホースメンのメンバーと共に出席した。
2009年 再びROHに登場している。
◇J・J・ディロン 主な担当選手◇
◆モンゴリアン・ストンパー◇カンフー・リー
◇ブルート・バーナード◆ケビン・サリバン
◆ワルドー・フォン・エリック◇ロニー・メイン
◇アブドーラ・ザ・ブッチャー◆ザ・シーク
◆レロイ・ブラウン◇エイドリアン・ストリート
◇アイアン・シーク◆ビッグ・ジョン・スタッド
◆ブルーザー・ブロディ◇ジム・ガービン
◇ケンドー・ナガサキ◆オックス・ベーカー
◆ヒロ・マツダ◇ドリー・ファンクJr.
◇テリー・ファンク◆デビッド・フォン・エリック
◆ボビー・ダンカン◇アウトロー・ロン・バス
◇アンジェロ・モスカ◆カマラ
◆ワンマン・ギャング◇リック・フレアー
◇オレイ・アンダーソン◆アーン・アンダーソン
◆タリー・ブランチャード◇レックス・ルガー
◇バリー・ウインダム◆ブッチ・リード
1942年6月26日
ニュージャージー州トレントン出身
本名 ジェイムズ・モリソン
T 184cm W 110kg