伝説のレスラー マネージャー編 vol.10/ゲーリー・ハート
伝説のレスラー マネージャー編
ラストを飾るのはこの男です。
「プレイボーイ」 ゲーリー・ハート
1963年にプロレスラーとしてデビュー。
地元イリノイ州やウィスコンシン州でキャリアを積んだ後、テキサス州ダラスに進出。
67年にはザ・スポイラーとのコンビでアメリカンタッグ王座を獲得。
その後 トークの才能を活かし ヒールのプレイングマネージャーを兼任。
フロリダのCWFに進出し極道ヒール時代のダスティ・ローデスを担当した。
74年5月にローデスと仲間割れを起こし、ローデスはベビーフェイスに転向。
アメリカンドリームへと生まれ変わっていくのである。
プレイングマネージャーと並行して選手活動も続けていたハートであったが、75年に小型飛行機で移動中に墜落事故に遭ってしまい現役引退を余儀なくされ、マネージャー業に専念するようになった。
79年より古巣のダラス地区にてブッカー業務も担当。
81年にはペイントレスラーのパイオニア 「ザ・グレート・カブキ」をプロデュース。
カブキの専任マネージャーとなりNWAの他の地区にもブッキングし、全米でカブキブームを巻き起こしている。
ダラスのWCCWではマネージャー兼ブッカーとして活動し、エリックブラザーズ vs ファビュラスフリーバーズの抗争などを手掛け、同団体の隆盛を支えた。
またハート自身も スカンドル・アクバやパーシー・プリングル3世(ポール・ベアラー)を相手に悪徳マネージャー同士の抗争を展開している。
88年にWCCWを離れ ジム・クロケット・プロモーションズに移籍。
テッド・タナーに買収されWCWが発足した89年からは「カブキの息子」 グレート・ムタのマネージャーを担当。
テリー・ファンクとのコンビ「J-Tex」をマネージメントし、リック・フレアー&スティングの頂上コンビとの抗争を指揮した。
WCW離脱後はダラスに戻り90年代前半はGWFで活動。
99年にはフルタイムでのプロレスリングビジネスから引退した。
2008年 テキサスの自宅で心臓病のため死去。
享年 66
カブキやマジック・ドラゴン 、グレート・ムタ 、キラー・カーン 、ドラゴン・マスター(ケンドー・ナガサキ)等の日本人レスラーをマネージメントすることが多かったが、来日は1度も実現していない。
◇ゲーリー・ハート 主な担当選手◇
◆アンジェロ・ポッフォ◇ダスティ・ローデス
◇パク・ソン◆ジョージ・スティール
◆ボビー・ダンカン◇ワイルド・アンガス
◇ボブ・オートンJr.◆ディック・スレーター
◆プロフッサー・タナカ◇キラー・ブルックス
◇マーク・ルーイン◆キング・カーチス・イヤウケア
◆ブルーザー・ブロディ◇アーニー・ラッド
◇イワン・コロフ◆ザ・グレート・カブキ
◆マジック・ドラゴン◇ロディ・パイパー
◇ジノ・ヘルナンデス◆クリス・アダムス
◆ジェイク・ロバーツ◇キラー・カーン
◇ワンマン・ギャング◆バズ・ソイヤー
◆ディンゴ・ウォリアー◇ジェリー・ローラー
◇ラリー・ズビスコ◆ケビン・サリバン
◆アブドーラ・ザ・ブッチャー◇テリー・ファンク
◇ドラゴン・マスター◆グレート・ムタ
1942年1月24日
イリノイ州シカゴ出身
2008年3月16日没
本名 ゲーリー・リチャード・ウィリアムス
T 191cm W 108kg