伝説のレスラー vol.156/ボビー・ダンカン
伝説のレスラー
156回目の今回は
「ビッグ・バッド」
"カウボーイ"ボビー・ダンカンの登場です。
NFLのセントラル・カージナルスで1年間プレイした後 ドリー・ファンク・シニアにスカウトされ1965年にアマリロでデビュー。
テキサスを中心にジョージアやフロリダなどNWA南部のテリトリーでキャリアを積んだ。
フロリダではディック・マードックとのコンビでフロリダ・タッグ王座を獲得している。
69年に日本プロレスに初来日。
第11回ワールドリーグ戦に参戦している。
当時はカウボーイスタイルではなく、前職のアメリカンフットボールのヘルメットを被って入場していた。
72年にも日本プロレスに来日。
ボボ・ブラジルのパートナーとして、馬場&坂口の「東京タワーズ」の保持するインターナショナルタッグ王座に挑戦している。
74年には全日本プロレスに来日。
帰国後にWWWFに登場。
グラン・ウィザードをマネージャーにし、MSGの定期戦で5ヶ月連続でニューヨークの帝王 ブルーノ・サンマルチノに挑戦している。
76年にボビー・ヒーナンをマネージャーにしAWAに登場。
ブラックジャック・ランザとのカウボーイコンビで、ブルーザー&クラッシャーの極道コンビからAWA世界タッグ王座を奪取した。
78年にはフロリダで活動。
マスクを被りザ・スポイラー2号を名乗りフロリダタッグ王座を獲得。
シングル戦線ではマスクを脱いでジャック・ブリスコからフロリダTV王座を奪取している。
79年 再びニューヨークに登場。
空位となっていたWWFヘビー級王座を賭けてボブ・バックランドと対戦するも惜しくも敗退。
その後 1年間 WWFをサーキットし80年の年末にはMSGでアントニオ猪木の保持するNWFヘビー級王座に挑戦している。
同時期にNWAにも参戦していて ミッドアトランティック地区ではブラックジャック・マリガン との大型カウボーイ同士の喧嘩マッチを展開し、同地区認定のブラスナックル王座を争っている。
81年には新日本プロレス初見参。
同年に行われた、第4回「MSGシリーズ」にも参戦している。
土臭い、野性味溢れるハンセンのカウボーイスタイルとは違う都会的なカウボーイスタイルのダンカンを実況担当の古舘アナは「アーバン・カウボーイ」と名付けた。
82年からAWAに復帰し、ケン・パテラと「ブラック&ブルー・エクスプレス」なるタッグチームを結成。
またしてもヒーナンファミリーに入り、当時 大ブレイクしていたハルク・ホーガンと軍団抗争を繰り広げていた。
その後はNWA南部エリアを主戦場にし、フロリダではローデスやバリー・ウインダムと抗争。
テキサス州サンアントニオではベビーフェイスとしてブロディとタッグを組んでいる。
83年の第4回MSGタッグリーグ戦にも参戦。
若きカート・ヘニングをリードしていた。
84年にも新日本プロレスに来日。
この来日が最後の来日となった。
引退は80年代後半。
息子のボビー・ダンカンJr.もプロレスラーとして活躍している。
1944年8月14日
テキサス州オースチン出身
本名 ロバート・エルドン・ダンカン
T 193cm W 132kg
得意技
・オクラホマスタンピード
・ブルドッキングヘッドロック
・シュミット式バックブリーカー
・パイルドライバー
・エルボードロップ
・ニードロップ