伝説のレスラー vol.157/ブラックジャック・マリガン
60代前半  埼玉県
2012/03/02 21:12
伝説のレスラー vol.157/ブラックジャック・マリガン

伝説のレスラー 157回目の今回は

「黒い猛牛」 ブラックジャック・マリガンの登場です。


ニューヨーク・ジェッツでAFLプレイヤーとして活動した後、ワフー・マクダニエルの勧めで1967年にプロレス入り。

ジョー・ブランチャードにコーチを受けた後、バーン・ガニアに再トレーニングを受け AWAでデビュー。

「ビッグ・ボブ・ウインダム」のリングネームでベビーフェイスとして売り出された。

70年に国際プロレスに初来日。
ラリー・ヘニングとのコンビでサンダー杉山&グレート草津組からIWA世界タッグ王座を奪取した。


帰国後、黒ずくめのカウボーイスタイル、黒革の手袋、口髭がトレードマークの「ブラックジャック・マリガン 」に改名。
ヒールのポジションで活動。

71年1月よりニューヨークのWWWFを半年間サーキット。
グラン・ウィザードをマネージャーに付け、MSGでブルーノ・サンマルチノやペドロ・モラレスと激闘を繰り広げ 瞬く間にトップコンデンターに躍り出たのである。
モラレスのWWWF王座の初防衛戦の相手も務めている。


WWWFサーキットが終了しAWAに復帰した後は、ブラックジャック・スタイルの先輩 ブラックジャック・ランザとのタッグチーム 「ザ・ブラックジャックス」を結成。
全米各地を転戦しインディアナポリスのWWAではWWA世界タッグ王座を獲得している。

73年 国際プロレスに来日。
IWAワールドシリーズに参戦し、決勝をラッシャー木村と争った。

74年には全日本プロレスに登場。
ジャイアント馬場の保持するPWFヘビー級王座に挑戦している。


75年にはランザとニューヨークに登場。
WWWF世界タッグ王座を獲得している。

76年にブラックジャックスを解散。
それぞれ新しい道へと進んだ。

77年には新日本プロレスに初参戦。
スタン・ハンセンと大型カウボーイ・コンビを結成した。

78年にはハンセンとのコンビで、ミッドアトランティック版NWA世界タッグ王座を決めるトーナメントに出場している。

その後は78年から80年に掛けて親友でもあり親戚関係にある ディック・マードックと、マードックの従兄のキラー・ブルックスを含めた3者でアマリロの興行権をファンクスから買い取り、同地区のプロモート業を3人共同で手掛けている。


80年に入るとミッドアトランティック地区に定着。
初期はヒールとして活動し、後にベビーフェイスとしても活動した。

ヒールとしてはワフー・マクダニエルやミスター・レスリング、リッキー・スティムボート、ポール・ジョーンズ等と抗争し、ベビーフェイスとしてはリック・フレアーやマスクド・スーパースター、ビッグ・ジョン・スタッド、ボビー・ダンカン等と抗争を展開し、同地区認定のUSヘビー級王座を4回に渡って獲得している。


82年には再びニューヨークを襲撃し、WWF王者 ボブ・バックランドに挑戦。アンドレ・ザ・ジャイアントとのスーパーヘビー級対決も繰り広げており、6人タッグマッチではアンドレの巨体をボディスラムで投げている。


83年に新日本プロレスに再来日。

新日恒例の元旦決戦で猪木と対戦。
最終戦ではハルク・ホーガンとのスーパーヘビー級対決も実現している。

帰国後はNWAフロリダ地区のCWFに参戦し、息子のバリー・ウインダムとの親子タッグや、フロリダのヒーロー ダスティ・ローデスとのタッグで活躍。


84年には古巣のAWAに登場し、約8年ぶりにランザとブラックジャックスを再結成したり、AWA王者としてサーキットしていたジャンボ鶴田に挑戦するなど健在ぶりをアピールしている。

85年にCWFに戻り 次男のケンドール・ウインダムの育成に力を注いだ。


86年 WWFのブッカーとして活躍していたランザの招聘でWWFに登場。

WWF版 マシーン軍団に加入し「ビッグ・マシーン」のリングネームでマスクマンに変身し、ジャイアント・マシーンやスーパー・マシーンと共闘。

ボビー・ヒーナン率いるヒーナンファミリーのビッグ・ジョン・スタッド&キングコング・バンディ等と抗争を展開した。

WWFではインタビュアーや解説者としても活躍している。

WWF離脱後はフロリダに戻り IWFという新団体の設立に参加。
ブッカー業務と団体のエースとして活動していたが、常に行動を共にしていた次男のケンドールとニセ札造りの嫌疑を受けて逮捕されてしまい、連邦刑務所に24ケ月間収監。
団体も崩壊してしまった。

しばらくは表舞台から消えることとなったが、2006年にランザとのコンビ 「ザ・ブラックジャックス」がWWE殿堂に迎えられることになり、式典で公の場に久々に登場した。


非常に優しく、後輩の面倒見がいいので有名な選手であった。

新日時代に共に闘ったハンセンは自著でマリガンのことを 「格上意識など全くない 気さくな人柄の持ち主で、外人サイドのエースだった私を立ててくれた。」などと記述している。

女子レスラーのジュディ・マーチンは「最も女性に優しいレスラー」としてマリガンの名を挙げている。

その一方 ストリートファイトにも滅法強く、プロレス界でも最強クラスの1人だったと評されており、同じく喧嘩の強いことで知られていたハーリー・レイスやブルーザー・ブロディからも一目置かれていたという。



1942年11月26日
テキサス州スウィートウォーター出身。

本名 ロバート・デロイ・ウインダム

T 200cm W 140kg


得意技

・ブレーンクロー
・エルボードロップ
・カウンターエルボー
・ダイビングニードロップ
・アルゼンチンバックブリーカー



2006年 WWE殿堂入り



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