伝説のレスラー vol.159/ドン・ムラコ
伝説のレスラー
159回目の今回は
「虎鮫」 ドン・ムラコの登場です。
学生時代はレスリングやアメリカンフットボールで活躍する一方、サーフィンの名手としても名を馳せた。
1970年に太平洋岸北西部のPNWで「ドン・モロー」のリングネームでデビュー。
その後 「ドン・ムラコ」に改名。
AWAでキャリアを積み、71年には早くも国際プロレスに初来日している。
74年よりカリフォルニア地区を転戦。
75年にロスでアメリカスヘビー級王座を獲得。
76年にはサンフランシスコで同地区認定のNWA世界タッグ王座を獲得している。
77年より主戦場をNWAのフロリダ地区に移し ベビーフェイスとして活動。
同年 全日本プロレスに来日。
78年には地元ハワイで活動し、NWAハワイヘビー級王座を3回獲得している。
79年にも全日本プロレスに来日。
フロリダでは80年からヒールに転向。
地元のヒーロー ダスティ・ローデスやジャック・ブリスコと抗争を展開した。
81年に新日本プロレス初見参。
T・J・シンのパートナーとなって 坂口&長州の保持する北米タッグ王座に挑戦。
シングル戦でも坂口の保持する北米ヘビー級王座に挑戦している。
帰国後 WWFに登場。
グラン・ウィザードをマネージャーに「マグニィフィセント・ムラコ」のリングネームで活動。
ペドロ・モラレスを破りWWFインターコンチネンタル王座を奪取した。
2ヶ月後には2冠王者を目指し、WWFヘビー級王者バックランドに挑戦。
60分フルタイムドローの熱戦を繰り広げている。
82年 新日本プロレスに来日。
第5回 MSGシリーズに参戦している。
83年 再度 モラレスからインターコンチネンタル王座を奪取。
この年からインターコンチネンタル王座を賭けてジミー・スヌーカと抗争を開始。
スチールゲージマッチは伝説の1戦として語り継がれている。
84年から始まったWWFの全米侵攻計画でも ヒールの重要な戦力として参加。
85年からリッキー・スティムボートと抗争し、86年にはカウボーイ・ボブ・オートンとのコンビでタッグ戦線にも進出している。
87年からはベビーフェイスに転向。
岩石のような肉体から ザ・ロックをニックネームに再起を図ったが、88年にWWFを解雇されてしまった。
WWF退団後はカルガリーのスタンピード・レスリングに参戦。
北米ヘビー級王座を獲得している。
その後は末期のAWAをはじめ 各地のインディー団体を転戦。
89年には久々に全日本プロレスに来日している。
92年より旗揚げ間もないECWに参戦。
因縁のジミー・スヌーカからECW世界ヘビー級王座を奪取。
93年にはサンドマンを破り 再び同王座を獲得している。
2003年に引退し、地元ハワイで新団体 「HCW」の設立に参加。
2006年までHCWの運営部長とコミッショナーを務めた。
巧みなマイクパフォーマンスのスキルの持ち主であり レスラーの ザ・ロックは影響を受けたヒールとして、ロディ・パイパーと共にムラコの名前を挙げている。
1949年9月10日
ハワイ州サンセットビーチ出身
本名 ドナルド・ムラコ
T 186cm W 120kg
得意技
・ツームストーンドライバー
・スロートクロー
・ニーリフト
2004年 WWE殿堂入り