伝説のレスラー vol.166/オレイ・アンダーソン
60代前半  埼玉県
2012/03/11 10:57
伝説のレスラー vol.166/オレイ・アンダーソン

伝説のレスラー

166回目の今回は

「ザ・ロック」 オレイ・アンダーソンの登場です。


ミネソタ州立大学でレスリングの選手として活躍後 バーン・ガニアからコーチを受け、1967年にAWAでロック・ロゴウスキーのリングネームでデビュー。

ガニア好みのレスリングの下地を持つ若手ヒールとして活躍し、その年のAWA新人賞を獲得している。


69年にNWAミッドアトランティック地区に転出。
リングネームもオレイ・アンダーソンに改名し、ジン&ラーズ・アンダーソンの伝説のタッグユニット 「ミネソタ・レッキング・クルー」の一員となった。

以降はラーズ脱退後のジンのパートナーとなり、ミッドアトランティック地区やジョージア地区のGCWなど NWA南部のテリトリーを席巻。
ミッドアトランティック地区ではリック・フレアー&グレッグ・バレンタイン組やダスティ・ローデス&ディック・スレーター組を撃破しNWA世界タッグ王座を再三獲得している。

GCWではラーズともタッグを組んでおり、78年と80年にジョージアタッグ王座を獲得している。


ミネソタ・レッキング・クルー解散後はGCWを本拠地にしてレスラー兼ブッカーとして活躍。
ワフー・マクダニエル 、ジャック・ブリスコ 、トミー・リッチ 、マスクド・スーパースター 、スタン・ハンセン等と激闘を繰り広げている。

ハンセンとはタッグも組んでいて82年にアトランタで行われたミッドアトランティック版NWA世界タッグ王座争奪トーナメントで優勝を飾っている。

83年にアーン・アンダーソンを勧誘し「ミネソタ・レッキング・クルー」を再編成し活動。

84年にGCWがWWFに買収されたため、新団体CWGの設立に参加。

85年にCWGがミッドアトランティックのジム・クロケット・プロモーションズに吸収合併されると同団体に移籍。

86年にはアーン・アンダーソンとリック・フレアー 、タリー・ブランチャードとヒール軍団「フォー・ホースメン」を結成。
歴史に残る名ユニットとして後生に語り継がれている。

ジム・クロケット・プロモーションズがテッド・タナーに買収されWCWに移行した93年に現役を引退しブッカー業務に専念している。
ブッカーとしては、かなりの切れ者で スタン・ハンセン曰く「オレイはアメリカンプロレス全盛期におけるベストブッカーだった。」と高い評価をしている。

90年にWCWのヘッドブッカーに就任。

しかし息子のブライアント・アンダーソンを売り出すため ジム・コルネット主宰の「スモーキー・マウンテン・レスリング」と接触したことが原因でWCWを解雇されてしまった。


ブッカー業務が忙しく来日は3回と少ない。

初来日は70年に日本プロレス。
2回目は73年に国際プロレス。

共にジンとのコンビ「ミネソタ・レッキング・クルー」としての来日であった。

3回目は86年に全日本プロレス。

旧友スタン・ハンセンの仲介で久々の来日であったがレスラーとしてよりも、当時のNWAとWWFのレスリングウォーの内情を知る人物としてマスコミ関係者から注目を集めていた。



1942年9月22日
ミネソタ州ミネアポリス出身

本名 アラン・ロバート・ロゴウスキー

T 183cm W 116kg


得意技

・ショルダーバスター
・パイルドライバー


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コメント

60代前半  埼玉県

2012/04/08 17:15

2. >澤村さん

オレイは力のあるブッカーだからね[猫2]

グリーンボーイのジャパニーズが逆らったら そうなっちゃうよね[ウッシッシ]

オモシロ情報ありがとう[指でOK]

澤村[退]
30代後半  広島県

2012/04/08 16:13

1. 天龍がグリーンボーイでアメリカ修行中、オレイと衝突して干されたって自伝に記してたよ

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