伝説のレスラー vol.169/エディ・ギルバート
伝説のレスラー
169回目の今回は
" ホットスタッフ " エディ・ギルバートの登場です。
1950年代に活躍したジョニー・スターこと父親トミー・ギルバートから英才教育を受け、1971年に若干16歳で地元テネシーのCWAでデビュー。
ベビーフェイスの新鋭としてリック・モートンとのタッグで活躍。
82年にWWFに転戦。
カート・ヘニングとのヤングコンビで活動した。
同年 MSGでタイガーマスク(佐山)の保持するWWFジュニアヘビー級王座に挑戦し善戦した試合がTV放映され日本のファンにも注目されるようになる。
83年に新日本プロレスに初来日したが負傷により途中帰国してしまった。
84年より古巣のCWAに復帰。
AWAに移籍してしまったファビュラス・ワンズ(スティーブ・カーン&スタン・レーン)の穴を埋めるためトミー・リッチとニュー・ファビュラ・スワンズを結成。
しかし所詮 穴埋め急造チーム。
結局 リッチと仲間割れを起こしギルバートはヒールに転向。
以降 リッチやジェリー・ローラーと抗争を繰り広げ、85年にはローラーから南部ヘビー級王座を奪取するのである。
ヒール転向はギルバートにマイクパフォーマンスという才能を開花させた。
マイクパフォーマンスを武器にCWAを離れ、MSWAに移籍。
" ホットスタッフ "をニックネームにしプレイングマネージャーとして活動。
85年にMSWAがUWFに改称してからは若手ヒール時代のスティングとリック・スタイナーを配下にミッシー・ハイアットと共闘。
「H&Hインターナショナル」なるヒールユニットを結成し活動。
88年にWCW移行期のジム・クロケット・プロモーションズに移籍。
移籍後 ミッシー・ハイアットと結婚したが後に離婚している。
移籍後はベビーフェイスにフェイスターン。
NWAに復帰したリッキー・スティムボートのパートナーとなりリック・フレアー&バリー・ウインダムと抗争。
またブッカーも手掛けており、88年度のベストブッカーに選出されている。
90年にWCWを離脱。
CWAの後継団体 USWAに移籍。
再びヒールに転向。
ジェリー・ローラーと抗争を再開した。
91年には日本のインディー団体 W★INGに参戦。
久々に日本のファンの前に姿を現した。
93年からECWでヘッドブッカーを担当。
選手としても実弟のタグ・ギルバートとのコンビでECWタッグ王座を獲得している。
しかし王者チームのままECWを脱退。
同年 再びW★INGに来日。
マスクマンの「ブギーマン」に変身し「モースト・デンジャラス・タッグ・ウォーズ」にレザーフェイスとのコンビで出場。
弟のタグもフレディ・クルーガーとしてリーグ戦に参加していて、2人は公式戦で対戦するのだが、10秒程で試合を終わらせ、2人揃ってリング上でマスクを脱ぎ捨て正体を明かし、マイクでW★INGの批判をした上で全日本プロレスに移籍すると表明。
前代未聞の事件を起こしてしまった。
彼はアメリカの各団体でもトラブルを起こしており、結局 全日への移籍も無くなっている。
94年から再びUSWAに復帰。
ローラーとの抗争を再開した。
95年に遠征先のプエルトリコで心臓発作により死去。
享年39
一部で薬物の過剰摂取による心臓麻痺と言われてましたが、彼は83年に交通事故を起こしており、ペインキラー(鎮痛剤)を常用していたことが間違って伝わってしまったみたいです。
決してドラッグ中毒ではありません。
1955年8月14日
テネシー州レキシントン出身
1995年2月18日没
本名 トーマス・エドワード・ギルバート・ジュニア
T 180cm W 102kg
得意技
・ダブルアームスープレックス