伝説のレスラー vol.219/ゼブラ・キッド
オールドタイマー編シーズン3
16回目の今回は
「シマウマ小僧」、「弩級戦艦」
"ドレッドノート" ゼブラ・キッドの登場です。
後に数多くのコピーが出現するゼブラ・キッドだが、オリジナルは今回紹介するこの人になります。
プロレス界 初の「動けるデブ」としても有名。
オハイオ州立大学時代はアマレスで活躍。
1年生の時に中西部10大学ヘビー級選手権で優勝。
2連覇した2年生の時にはNCAA選手権も制覇している。
それまでのレスリング部の試合の観衆が70人程度だったのを、一気に2000人にまで押し上げた立役者となる活躍ぶりであった。
その人気を聞きつけた同州のプロモーターがスカウトしたが大学生であったので、身分を隠すために覆面レスラーの「ミステリーマン」として活動した。
1947年に大学を中退し本格的にプロレス入り。
最初は素顔で活動したが際立った活躍は見られなかった。
同年、覆面を被り「グリーク・ヘラクレス」として活動。
その後、マスクマンの「インターカレッジエイト・ダーク・ナイト」に変身した。
48年にシマウマ模様のマスクマン 「ゼブラ・キッド」に変身し、一躍トップグループの仲間入りを果たした。。
スーパーヘビーの肉体ながらジュニアヘビーの選手のような動きで対戦相手を翻弄し、アマレス仕込みのテクニックで相手を封じ込み、最後は怒濤の肉弾圧殺刑で止めを刺す!
ゼブラ・キッドは基本ヒールとして活動していた。
観客を容赦なく罵倒し罵声を浴びせ煽りまくっていたため、試合後に観客に追いかけられ、石を投げられることも度々あったとの事。
覆面の着脱を繰り返し活動していた時期もあり、53年には再びダーク・ナイトに変身したりもしていた。
54年にハワイ入りし、55年にはラッキー・シムノビッチからNWAハワイヘビー級王座を奪取している。
56年に日本プロレスに初来日。
力道山と対戦しご乱心の力道山にマスクを破られている。
57年にジョージアやオハイオで活動した他、オーストラリアやニュージーランドにも遠征している。
オハイオではオハイオステーツ・ヘビー級王座を獲得。
当時 決まった住居を持たず遠征先から遠征先へと旅する「レスリング・ジプシー」であったようです。
60年にはテキサスでブラスナックル王座を獲得。
61年にも日本プロレスに参戦。
63年に何処の会場からでも試合当日に帰宅できるという理由からイギリスに居住を構え、レスリング・ジプシーから卒業。
68年にそれまでの肉体的疲労が膝に溜まり、俊敏な動きができなくなったため引退。
77年に亡くなっている。
享年53
1923年9月19日
オハイオ州ウォーレン出身
1977年1月没
本名 ジョージ・A・ボラス
T 183cm W 137kg
得意技
・ダイビングボディプレス