伝説のレスラー 日本人編 vol.1/山本小鉄
60代前半  埼玉県
2010/08/31 19:18
伝説のレスラー 日本人編 vol.1/山本小鉄
伝説のレスラー 日本人編のトップバッターは先日 不慮の事故で亡くなられた山本小鉄さんです。


本名 山本 勝

1941年10月30日
神奈川県横浜市南区中村町出身。
10人兄弟の6男として生まれる。

身長170cm 体重105kg

得意技 ダイビング・ボディプレス。



1963年デビュー。

アントニオ猪木の最初の付き人として猪木を支えていた。

67年 星野勘太郎とアメリカ遠征。
ヤマハ・ブラザーズとしてテネシーやテキサスを転戦。

テネシーではNWA世界タッグ(テネシー版)を獲得。

テキサスではフリッツ・フォン・エリックに息子のように可愛がられ エリック家に宿泊していた。
オフの日にはエリックの息子達の子守りや愛犬の散歩までしていたそうです。


69年の第11回ワールドリーグ戦でゴリラ・モンスーンを破るという大金星を挙げて世間をあっと言わせました。


72年にアントニオ猪木達と新日本プロレスを旗揚げ。


74年に星野勘太郎とヤマハ・ブラザーズを復活させてタッグ戦線で大活躍。

この頃の異名は「人間爆弾」。


79年には国際プロレスに乗り込みグレート草津&マイティ井上組からIWA世界タッグを強奪。

80年に川崎で引退試合。
星野と組んで鶴見五郎&大位山勝三組と対戦。

鶴見へのダブル・ブレーンバスターから得意のダイビング・ボディプレスでピンフォールを奪い 引退試合を勝利で飾った。


引退後は鬼コーチとして後進の指導に当たると共にテレビ解説者やレフリーとしても大活躍。

解説者としては古舘アナとの絶妙な掛け合いで我々を飽きさせない解説、さらにレスラー出身ということで技の効き目や決まり具合まで的確に解説してくれました。

毎週、生放送ということで中継先の有名人や観光名所等を実況に取り込もうと古舘アナに提案したのは小鉄サンでした。

コーチ時代のアダ名は「鬼軍曹」。

愛車のキャデラックの音が聞こえてくると道場に居る若手達はビビっていたそうです。

レフリー引退後は企画宣伝部長を経て 新日本プロレス・サービス社長に就任。

2008年に「昭和プロレス」で久々にヤマハ・ブラザーズとしてグレート小鹿&グレート・カブキ組と対戦。

10分間の時間切れ引き分けに終わる。


2010年 8月28日
「低酸素脳症」で他界。


享年68歳。


生涯をプロレスに捧げた偉大なる人物。


心から御冥福を御祈り致します。
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コメント

60代前半  埼玉県

2010/08/31 22:31

2. >健太さん

80年に引退してるからね[猫2]

タッグマッチの記憶はあるけどシングルで闘ってるところは観た記憶はないよね~[がまん顔]

健太[退]
40代半ば  大分県

2010/08/31 21:23

1. 細かな経歴ありがとうございます[わーい(嬉しい顔)]
だけど、現役時代の小鉄さんの記憶はやっぱりないな~[あせあせ(飛び散る汗)]
道場につく車の音で若手がビビってた話は、前田もよくしてましたね[わーい(嬉しい顔)]
俺はやっぱり猪木VS国際軍団のハンディキャップマッチ戦のレフリーが強烈に残ってます[うれしい顔]二人で攻撃しようとすると、タックルで防いでいた小鉄さん。
格好よかったな[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]

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