伝説のレスラー 日本人編 vol.3/ラッシャー木村
伝説のレスラー 日本人編 第3弾は今年の5月に亡くなられたラッシャー木村の登場です。
本名 木村政雄
1941年6月30日
北海道中川郡出身。
身長 185cm 体重 125kg
得意技
ブルドッキング・ヘッドロック
ヘッドバット
水平チョップ
カウンター・クロスチョップ
パイルドライバー
風車吊り
大相撲から日本プロレスへ入団。
1965年デビュー。
翌年 東京プロレスの旗揚げに参加。
猪木との因縁はこの時からか?
東京プロレス崩壊後 国際プロレスに入団。
70年に日本国内初の金網デスマッチをやって試合に勝利してから付いた異名が「金網デスマッチの鬼」。
当時の国際プロレスのエース ストロング小林が脱退した後 マイティ井上にエースの座を奪われてしまったが、75年に金網デスマッチ初のタイトルマッチで狂犬マッドドッグ・バションを破りIWA世界ヘビー級タイトルを奪取し念願の国際プロレスのエースの座に君臨するのである。
以降81年の国際プロレス崩壊までの6年間エースとしてジプシー・ジョー、アレックス・スミルノフ、モンゴリアン・ストンパー、オックス・ベーカー、キラー・トーア・カマタ等の北米ルートで来日するラフファイター達と流血戦を展開。
国際プロレス=流血戦 の図式を更に我々に印象付けるのである。
他にも全日本プロレスとの交流戦でジャンボ鶴田と闘ったり 新日本プロレスのマットに上がり因縁のストロング小林とも対戦するなど精力的に闘った。
79年 夢のオールスター戦ではセミファイナルで小林と対戦し勝利を収めている。
同年にはAWA世界タイトルとIWA世界タイトルのダブルタイトルマッチで時のAWAチャンプのニック・ボックウインクルと対戦。
ニック得意の反則負けで逃げられたがニックを追い詰めたことで専門家の評価を上げる。
81年 国際プロレス崩壊後にアニマル浜口、寺西勇と共に新日本プロレスに参戦。
「打倒・猪木」を旗印に「はぐれ国際軍団」を結成。
猪木と死闘・激闘を繰り広げるが猪木との実力の違いからか右肘を破壊されTKO負けをしたり 無惨にもたった5分で流血に追い込まれてKOされたりして結局 国際軍団は自然消滅し浜口と寺西は長州率いる「維新軍団」に参入してしまうのである。
残された木村は第1次UWFの旗揚げに参加するもすぐに離脱。
直後に全日本プロレスに電撃移籍をするのである。
84年の最強タッグで馬場のパートナーに大抜擢されたがリーグ戦途中で反旗を翻し今度は「打倒・馬場」を旗印に剛竜馬、鶴見五郎、アポロ菅原、高杉正彦等と「国際血盟軍」を結成。
馬場を挑発するマイクパフォーマンスで注目を集めるが木村以外のメンバーは次々とリストラされてしまった。
また1人ぼっちになった木村は徐々に第1線から退き 馬場達と前座でコミックプロレスをするようなり全盛期を知ってる人達は複雑な感情でそれを観ていた。
(僕は観ていなかったから木村のマイクパフォーマンスもよく知らない)
2000年 ノアの旗揚げに参加するが まったく攻撃すらしないような試合が続き2003年には体調不良で長期欠場をしてしまう。
2004年に引退表明。
引退直後に脳梗塞で倒れ車イス生活を送っていた。
見舞いに訪れた浜口達とは一切会わなかったそうです。
2010年5月24日 腎不全による誤嚥性肺炎のため死去。
享年 68歳。
全盛期はラッシングパワーでラフファイター達を血の海に沈めて「日本のデスマッチ王」と呼ばれていた姿を観ていた僕には晩年のコミカルな姿は信じられませんでした。
それでも日本のプロレス界を支えてきたレスラーです。
ご冥福をお祈り致します。
コメント
2010/09/04 18:04
8. 流血=国際プロレスの図式を確立した時は、毎回凄まじい試合ばかりでした。
国際プロレスの流血の量は半端じゃなかったですね。
国際プロレス崩壊後はかなり寂しい試合ばかりでした。
何かと話題にはなりましたけど…、アントニオ猪木との試合で結果を残せなかったのが全てだった様に思います。
返コメ
2010/09/04 15:49
7. 新日派の俺には、国際軍団は弱くて憎たらしいイメージしかありませんでした
後になって思えば、華がないためか、ハンディキャップマッチさせられたり、猪木の髪を切ろうとさせられたり、最期のほうは血ダルマや秒殺と、ちょっと不遇に扱い過ぎだろ
って感じでした![[冷や汗]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_csweat.gif)
U旗揚げメンバーに入っていたのも、後から猪木がくると聞いていたからだろうし。
そう考えれば、馬場さんと巡り会えてよかったんじゃないかと思います
返コメ
2010/09/04 14:47
6. 子供の頃は背景もよくわからずに、「はぐれ軍団」を単なる猪木の敵役として1対3のハンディキャップ戦とか見てました(笑)
国際プロレスの吉原さんと縁の深いレスラーは皆、無骨で実直で小気味よくてどこか不器用な悲哀を感じさせる選手が多いですが、ラッシャーさんはその代表格だと思います。
必殺技の印象とか薄いのに何故か記憶に残る、存在感のあるレスラーでした。
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2010/09/04 14:30
5. 『金網の鬼』の頃は余り知らないですが、猪木とのハンディキャップデスマッチや、馬場に対する『アニキ~』のマイクパフォーマンスは強烈な印象です
返コメ
2010/09/04 10:00
4. 兄貴と呼ばせてくれ
日本人レスラーには稀なキャラでしたね
残念です
返コメ
2010/09/04 9:57
3. おはようございます。
![[涙]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_tear.gif)
ラッシャーも逝ってしまったんですよね...
はぐれ国際軍団として、屈辱的なカードを甘んじて受け入れ、新日のリングに上がっていた姿に「男」を感じていました
悲壮感漂うあの姿は、マジでかっこ良かった。
合掌
返コメ
2010/09/04 9:48
2. こんにちは。個人的にばダイナマイト・キッド゙が好きだったな〓。
返コメ
2010/09/04 9:41
1. 亡くなったの知りませんでした![[涙]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_tear.gif)
![[涙]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_tear.gif)
マイクパフォーマンスの「あにき~」が耳に残ってます
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