伝説のレスラー 日本人編 vol.12/橋本真也
伝説のレスラー 日本人編。
今回は不器用で真面目な生き方しかできなかったこの男の登場です。
「破壊王」橋本真也。
1965年7月3日
岐阜県土岐市出身。
身長 183cm 体重 135kg
得意技
DDT
垂直落下式DDT
水面蹴り
袈裟斬りチョップ
ジャンピング・エルボー・ドロップ
相手のどてっ腹に穴を開けるミドル・キック。
膝を破壊するロー・キック。
そして相手の喉元を掻き切るフライング・ニールキック!
彼はあんこ型のレスラーにしては珍しくラリアットやパワーボム等の技はあまり使わずにキックを主体としたレスリングで勝負していた。
そしてコレって代名詞的な関節技はなかったが関節技全般もかなり上手かった。
1984年 新日本プロレス入団。
同年デビュー。
87年に海外遠征。
カルガリーやテネシー地区を中心に活躍。
カルガリーでは「ハシフ・カーン」、テネシーでは「SHOGUN」のリングネームで活動する。
89年に凱旋帰国。
武藤、蝶野と「闘魂三銃士」として活躍。
90年からは異種格闘技にも積極的に挑戦した。
93、94、96年にIWGP王者を獲得。
95年にはIWGPタッグ王座も獲得。
98年には悲願のG1CLIMAX初優勝。
99年の小川戦後5ヶ月間リングを離れるが天龍源一郎を相手に復帰。
その後 小川に2連敗し引退を発表したがファンの復帰嘆願運動で引退撤回。
東京ドーム大会で復帰するも試合後 新日本プロレス内に別の組織「新日本プロレスZERO」を作ると宣言。
新日本プロレスを解雇されてしまう。
しかし新団体「ZERO-ONE」を設立。
2001年の旗揚げ戦で新日本プロレスの永田とタッグを結成しプロレスリング・ノアの三沢&秋山組と対戦。
その後 因縁の小川とタッグを結成して活躍。
2003年には全日本プロレス初登場。
日本武道館でグレート・ムタの保持する三冠ヘビーのタイトルに挑戦し垂直落下式DDTで勝利し三冠ヘビーを獲得するもケガのため返上。
2004には川田に挑戦するも右肩を痛めつけられてしまいストレッチ・プラムで無念のTKO負け。
その後は右肩の手術のために長期間の欠場を余儀なくされてしまう。
右肩関節不安定症 全右肩腱板断裂と診断され5キロの荷物を持っても脱臼してしまうほどの重傷であった。
2005年7月11日
脳幹出血のため死去。
享年40歳。
葬儀の時にあのクールな蝶野が号泣していたのが印象的でした。
コメント
2010/09/20 8:38
30. >加持 りょうじさん
![[にこにこ]](https://img.550909.com/emoji/ic_smile.gif)
僕もまったく同じです
猪木のプロレスこそが本当のプロレスだと今でも思っています
返コメ
2010/09/20 6:58
29. >☆コイサン☆さん
いつも思うんですが、コメを入れている人の大半は
やはり、アントニオ猪木ファンが多いですね。
私の場合は、アントニオ猪木が存在していなかったら、プロレスは見ていないかもしれないですよ。
小学1年からプロレスを見てから、52歳になるまで
今だにプロレスが好きなのは、アントニオ猪木の存在があるからでしょうね。
返コメ
2010/09/20 0:39
28. >加持 りょうじさん
![[がまん顔]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_endure.gif)
![[猫2]](https://img.550909.com/emoji/ic_cat02.gif)
ケガがまずかった
それとやはり肉体を改造しないと無理があるでしょう
トップレスラーの体つきではなかったかな…。
返コメ
2010/09/19 21:54
27. やはり、この男の登場でしたね。
三銃士時代は新日本プロレスを支える勢いがあったけど、新日本を離脱してからは…、うーんっていう感じですね。
いいレスラーでしたけど。
人生感を少し間違えましたかね。
返コメ
2010/09/18 23:34
26. はい、すいません。![[冷や汗]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_csweat.gif)
)
猪木会長を同レベルにしてはいけませんでした
みなさん、申し訳ありませんでした(猛省です
他の人からは抜け出たぐらいの3人でした
返コメ
2010/09/18 22:53
25. >檻さん
![[猫2]](https://img.550909.com/emoji/ic_cat02.gif)
![[猫2]](https://img.550909.com/emoji/ic_cat02.gif)
![[猫2]](https://img.550909.com/emoji/ic_cat02.gif)
![[ウッシッシ]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_foppish.gif)
![[ウッシッシ]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_foppish.gif)
いや「アントニオ猪木」には誰にも敵わないでしょう。
佐山にしろ前田や大仁田あたりではまるで次元が違いますよ
井の中の蛙とでも言いましょうかね
「シュート」という小さい枠の中では佐山も前田もある意味カリスマでしょうけど…。
日本のデスマッチなら大仁田もその域なんでしょうけどね。
でも小さ過ぎだし
生き抜くためのアイデアはスゴイけど
シュートを越えたのがプロレスですよ
電流爆破なんとかかんとかなんてのは見せかけだけのお祭り試合だしね
返コメ
2010/09/18 20:56
24. 「猪木ならなんでもアリ」ですよね![[冷や汗]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_csweat.gif)
![[涙]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_tear.gif)
橋本選手ではその域にまではナリエなかった・・・ですね
典型的なプロレスラーではあったけど…
「猪木なら何をやってもいいのか?」と前田は言いましたが、前田もそのカテゴリーでしたよね、他でその域に達したのは佐山、大仁田ぐらいですかねぇ
返コメ
2010/09/18 19:03
23. >健太さん
「強さ」とは何事にも負けないで自分の信念を曲げずに自分のことを信ずる心を持って行動できることが「真の強さ」だと思うよ。
アントニオ猪木にはそれがある
返コメ
2010/09/18 18:51
22. >たかさん
![[がまん顔]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_endure.gif)
その頃のことはよく知らないんですよ~
三沢ともやってたんですね
返コメ
2010/09/18 17:50
21. 当時グレイシーも知られてなく、PRIDEも存在してない状況の中で、異種格闘技戦やストロングプロレスを掲げてやってた以上、佐山や前田のような異分子が出来てしまうのは、ある意味必然だったと思うし、小川のような仕掛けに対しても、跳ね返すのが猪木イズムだったと思います。
酷な言い方ですが、橋本には猪木のような色んな意味で『格』がなかった。
あの頃、新日の強さの象徴だった橋本が対処できなかった事が、新日衰退に拍車を掛けてしまいました。
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