伝説のレスラー 番外編 海外と日本 両方で活躍した日本人レスラーPart.1
伝説のレスラー 番外編
今回はワタクシの古くからのフォロワーの1人である天狼さんのリクエストで、海外と日本両方で活躍した日本人レスラーの特集を組みたいと思います。
でもね…
難しいんだよね~(ーー;)
どの程度が活躍なのか基準が
ないからね~(´-ω-`)
とりあえず1人目はビッグネームから。
恐らくワタクシの知り得る限りじゃ海外で1番稼いだ日本人レスラーだと思われます。
その1
☆ジャイアント馬場
★海外でのリングネーム
◇ショーヘイ・ビッグ・ババ
◇ババ・ザ・ジャイアント
◇ショーヘイ・ババ・ザ・モンスター
馬場さんが海外で活躍したのは今から約50年前のこと。
「殺人狂」キラーコワルスキー、「生傷男」ディック・ザ・ブルーザーと並び、「東洋のフランケンシュタイン」の異名で世界3大ヒールの1人として米国プロレス雑誌で取り上げられていた時代です。
その時の日本の公務員の初任給が17000円。
それに対して、馬場さんは3試合で500万円ものファイトマネーを貰っていたそうです(@ ̄□ ̄@;)!!
全米のプロモーターが「ミスター・ババになら幾らでも払う!」と言ってオファーしてきたので、昼間の試合が終わったら即座に飛行機に乗り込み、夜はまた別の会場で試合をしたなんてのもあったみたいです。
日本で長島さんや王さんが年棒3000万、4000万と大騒ぎしていた時代に馬場さんは年間約3億円ものファイトマネーを稼ぎだしていました。
正にジャパニーズ・ビッグ・モンスター!
その後の日本での活躍は皆さんご承知の通り、力道山亡き後の日本プロレスを支え、全日本プロレスでもエースとして日本人初のNWA世界ヘビー級王座を3度も獲得する偉業を達成するのであります。
日本人として最初に海外で成功を納めたアスリートは、野茂でもイチローでもなく馬場正平だったのです。
2人目はこの選手。
その2
☆藤波辰爾
★海外でのリングネーム
◇ドクトル・フヒナミ
◇リング・フヒナミ
◇ドラゴン・フジナミ
藤波は1974年の第1回カール・ゴッチ杯で優勝した後に西ドイツに渡りました。
西ドイツからフロリダに入った藤波は先ずはゴッチ道場に入門。
その後ノースカロライナを経てメキシコで活動。
メキシコからニューヨークのWWWFに入った藤波は1978年にカルロス・ホセ・エストラーダを必殺のドラゴンスープレックスで破りWWWF世界ジュニアヘビー級王座を獲得。
同年の3月に凱旋帰国した藤波は「シンデレラボーイ」と呼ばれ数々のドラゴン殺法でドラゴンブームを巻き起こし、日本にジュニアヘビー級というジャンルを確立したのであります。
翌年にはスティーブ・カーンを破りNWA認定インターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得し、ジュニアヘビーの2冠を達成。
ジュニアヘビー級では無敵を誇った藤波は更なるステップアップを目指し、81年になるとヘビー級に転向。
再びニューヨークでお宝を堀り当てます。
ロッカメモリアルと呼ばれたWWF認定インターナショナルヘビー級王座を獲得するのである。
その後の藤波はIWGPヘビーやPNWヘビー、WCWA世界ヘビー、NWA世界ヘビー等を獲得し新日本プロレスの顔へと成長。
新日本退団後は自身の団体である無我ワールドプロレスリング(後にドラディションと改名)を立ち上げ今日に到るわけであります。
何故か三沢や川田といった全日系のレスラーに憧れられていた。
3人目はこの選手。
その3
☆ザ・グレート・カブキ
海外に行く前の日本でのリングネームは高千穂明久。
海外で様々なリングネームを使い分け、1981年にテキサス州ダラスにてカブキに変身。
米国での人気が絶頂の1983年にジャイアント馬場により無理矢理 日本に帰国させられたカブキは、馬場不在の全日本プロレスのサーキットで日本全国どの会場もフルハウスにし、全日本プロレス史上最高の観客動員数と売り上げを馬場の不在中に成し遂げました。
アメリカでも5本の指に入る売れっ子レスラーだったカブキは日本でも売れっ子レスラーとなったのです。
4人目はこの選手。
その4
☆キラー・カーン
カーンの本格的海外武者修行は1978年から。
メキシコに渡りテムヒン・エル・モンゴルのリングネームで蒙古人ギミックのレスラーとして活動。
マスカラスの保持するIWA世界ヘビー級王座等に挑戦している。
その翌年にアメリカに渡り弁髪に髭、毛皮のベストにモンゴル帽子を被りモンゴル人ギミックのキラー・カーンに変身。
カーンの名を全米中に轟かせた事件は例の「アンドレ・ザ・ジャイアント骨折事件」。
本当は試合中のアクシデントによる骨折だったのだが、あのアンドレが不注意により足を骨折したとあっては、名誉に関わると一瞬のうちに判断したカーンは、コーナー最上段からのニードロップを迷うことなくアンドレに見舞う振りをし、観客を騙したのであります。
このカーンの機転の利いた行動によりアンドレは名誉を傷つけずに済んだ御礼として自ら「キミがニードロップで私の足を折ったことにしよう。」と提案しマスコミに発表。
カーンは一躍時の人となり全米からオファーが舞い込んだのです。
日本では長州率いる「維新軍団」に入り中堅処に甘んじていましたが、米国での悪党人気は凄まじかったため今回は紹介しておきます。
5人目はこの選手。
その5
☆グレート・ムタ
日本では基本 武藤敬司として活躍してますが、海外では悪の化身 グレート・ムタとして大活躍しました。
今でも彼を目標・憧れとするレスラーは沢山存在します。
武藤は1985年に渡米。
プエルトリコやアメリカで「ホワイト・ニンジャ」という忍者キャラで活動していたが1989年にWCWマットでムタに変身。
毒々しい顔面ペイントや妖しいコスチュームに加え毒霧殺法だけでなく、それまでの東洋人キャラのレスラーとは一線を画すファイトスタイルで瞬く間にヒール人気に火がつき、当時のWCWマットのトップの1人であるスティングと抗争を展開。
WCWのドル箱カードとなるのであります。
そのまま米マット界で活動していれば巨万の富を手に入れられたにも関わらず彼は日本マットに復帰。
新日本プロレスから全日本プロレスに移籍。
日本の2大メジャー団体の主要タイトルを総ナメにするのであります。
今年52歳。
今なお現役で活躍中!
以上!
海外と日本 両方で活躍した日本人レスラー
Part.1でした(-o-)/
どうもありがと~(ゝω・´★)
コメント
2014/10/02 18:03
9. >>7 ω天狼ωさん
選考に難儀したぞ(-。-)
活躍したかどうかなんて
個人個人で感覚が違うからね(-.-)
今回はプロレスファンなら誰もが認める10人を選んだと思うよ(-_-;)
でも良いお題だったv( ̄Д ̄)v
パート2もあるからね~(^◇^)/
返コメ
2014/10/02 17:53
8. >>6 ☆コイサン☆さん
すまん(^_^;)))
クロちゃんにお礼コメしたかな?
気にしない気にしない…
さぁてと、たまには勝ちにいくか(-.-)y-~
返コメ
2014/10/02 17:48
7. >>5 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
![[ダッシュ(走り出すさま)]](https://img.550909.com/emoji/ic_dash.gif)
さん
コイサンはともかく、私は違う!
しかしさすがコイサン。
俺の頭の中ではカブキとムタしか出てこなかったが…
とにかくありがとー!! ダァ~!( ̄* ̄)
返コメ
2014/10/02 14:32
6. >>5 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
![[ダッシュ(走り出すさま)]](https://img.550909.com/emoji/ic_dash.gif)
さん
天はともかくワタクシはチガウ(-。-)
ムタの海外での活躍を
もっと書きたかったのだが
文字数の都合で書けなかった( ̄ω ̄;)ゴメンネ
返コメ
2014/10/02 14:30
5. >>4 ☆コイサン☆さん
我の場合はやはりムタ(笑)( ̄ー ̄)ゝ
両刀使いとは、テンコイと同じく!
(>_<)ハァハァ…
返コメ
2014/10/02 14:13
4. >>3 ぎんじろうさん
当時の日本人レスラーはどうしても敵役になっちゃうよね(-。-)
馬場さんは外人よりデカイから本当に怪物みたいだったんだろうね(・o・)
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2014/10/02 13:08
3.
お馴染みのレスラーばかりですが、
馬場さんがヒール役とは初耳でした。
返コメ
2014/10/02 12:37
2. >>1 ゆきおさん
馬場さんの海外時代は懐かしいどころか生まれてもないですけどね(^◇^)
昭和のプロレスがお好きでしたら是非またお立ち寄りください(^^)
返コメ
2014/10/02 12:33
1. 懐かしいな~
やっぱり昭和のプロレスは最高ですね
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