伝説のレスラー 番外編 幻のNWA王者達。
伝説のレスラー 番外編
今回は幻のNWA王者達の歴史です。
折角チャンピオンを倒したはずなのに、後に何かの理由で裁定が覆り涙を飲んだ男達の歴史にズームイン!
1人目はこちら。
☆レオ・ノメリーニ
1955年3月22日。
ルー・テーズの936連勝をストップさせた試合でノメリーニはNWA王座を手中に収めたはずなのですが、リングアウトと反則裁定での勝ちでは王座の移動は認められませんでした。
当時のNWAの公式ルールでも、2フォール勝ちでなければ王座の移動は認めないと記されているそうなのですが、カリフォルニア州のプロモーターは王座移動を主張。
同地区でノメリーニを世界王者として認定してしまいました。
4ヶ月後にテーズと再戦し敗れるまでは現地で防衛戦まで行っているのですがNWAの公式記録には、勿論残ってはいません。
しかし防衛戦までやったって凄い図々しいですよね(-_-;)
いったいチャンピオンベルトはどうしたんだろうか…。
2人目はこちら。
☆エドワード・カーペンティア
1957年6月14日にルー・テーズの負傷による試合棄権で勝利。
当然 2フォール勝ちでないため王座の移動は無いと思われたのだが、何故かNWA本部は王座の移動を認めてしまうのである。
しかしカーペンティアのマネージャーでプロモーターでもあったエディ・クインがNWAから脱退を表明。
世界最高峰の王座を持ち逃げしようとしました。
どうやらカーペンティアを主軸にした団体を設立しようと目論んだみたいです。
だがNWA本部の動きは素早く、遡って王座の移動を無効にしたのです。
恐らく2フォールじゃなかったことを理由にしたのでしょう。
公式ルールでは移動にはなりませんからね(-。-)
だったら最初っから移動を認めるなっちゅうの(ーー;)
ともあれNWAから脱退さえしなければ歴代王者にカーペンティアの名が刻まれたのに…残念ですな( ̄^ ̄)
3人目はこちら。
☆ボボ・ブラジル
1962年8月18日にニューヨークでバディ・ロジャースに挑戦し勝利。
しかしロジャース側は負傷による敗戦を主張し王座移動を拒否。
でもドクターの診断で負傷が虚偽であったことがバレてしまいアメリカ北東部のプロモーターがブラジルを新王者として認定してしまったのです。
しかし2ヶ月後にロジャースとブラジルは再戦し、この試合で敗れたブラジルは公式記録に名前すら残すことなく幻の王者になってしまいました。
もしこの時の移動が正式に認定されていれば、黒人初の世界王者はブラジルだったのにね。
しかもNWA世界王者だから箔も付いたのに残念です( ´△`)
4人目はこちら。
☆ジャイアント馬場
1962年8月31日。
オハイオ州コロンバスでバディ・ロジャースとのNWA世界戦をするはずだったが、この日に有名な「バディ・ロジャース暴行事件」が起こってしまった。
ビル・ミラーとカール・ゴッチがドレッシングルームでロジャースに暴行を働き、急所蹴りに加え、腕を骨折させてしまうのである。
ロジャースは3ヶ月近くもの間欠場してしまう程の大怪我であった。
当日のタイトルマッチは急遽欠場。
対戦相手のショーヘイ・ババ・ザ・モンスターは闘わずしてタイトルを獲得するのである。
しかしババはタイトルを返上。
当然NWAの公式記録には残っていません。
どちらにしろ2フォールを奪ってのタイトル移動ではないので無効試合だろうに。
5人目はこちら。
☆キラー・コワルスキー
1962年11月21日 モントリオールでバディ・ロジャースに挑戦。
1本目にロジャース足首負傷により試合放棄でコワルスキーが勝利。
何故かテキサス州のプロモーターが王座移動を主張しコワルスキーを新王者として認定してしまうのである。
これじゃもう公式ルールも何もあったもんじゃないね(--;)
当然ロジャース側は移動は無効と主張。
翌年の1月21日にニューヨークで再戦するのであるが、この試合にコワルスキーは敗けてしまいます。
ところが今度はコワルスキー側が「この試合はノンタイトルだよ~(・┰・)」と言い出す始末。
話が拗れてきたところにテーズが割り込んできて更にややこしくなります。
3日後の1月24日に1本勝負でロジャースと対戦しテーズが勝利。
これをNWA本部は正式に王座移動と認定しテーズが新NWA王者となるのです。
この裁定にアメリカ北東部のプロモーターが反発しロジャースの防衛で王座移動は無効と主張。
後にこれがWWWFの設立に繋がって行くのであります。
一方 コワルスキーもしぶとく、テキサスで王者として振る舞っていましたが、2月1日にテーズが「白黒ハッキリさせようぜ!」と対戦を要求。
この試合に敗れたコワルスキーはNWAの公式記録に何も残っていないのであります。
他にも
1976年にボブ・オートン・ジュニアがテリー・ファンクを破って戴冠したはずだったり
1981年5月13日にコロラド州スプリングフィールドでマイク・ジョージがハーリー・レイスからフォール勝ちをしながらも不透明な判定によって王座を剥奪されていたり
1983年1月6日にプエルトリコでカルロス・コロンがリック・フレアーを破っているのにNWAの公式記録には残ってなかったり
日付と相手は不明ですがワフー・マクダニエルやブルーザー・ブロディがレイスから奪っているのに
どちらもNWAの公式記録には残っていなかったりと、当時の世界最高峰のプロレス団体であるNWAは団体が認めた「客を喚べる王者」を護るべくして猫の目のようにクルクルとルールが変更していたようです。
他にもまだまだ
あるんじゃないかな┐('~`;)┌
まっNWAだけに限ったことではないのですけどね(-。-;)
以上(^_^)/
幻のNWA世界王者達の歴史でした。
長い日記を読んでくれて
ありがとうございましたm(__)m
コメント
2014/11/10 19:24
18. >>16 アギーさん
ちがうちがう(;゜゜)
あんなスゴイ人と一緒にしたら
いけません(ーー;)
返コメ
2014/11/10 19:23
17. >>15 もとさん
まっ プロレス界だけではないけどね(^_^)
でも隆盛を極めたテリトリーのプロモーターは必ず、そこにいたレスラーが「あのプロモーターは良い!」って言ってるのは事実だもんね(^^)
返コメ
2014/11/10 19:18
16. やっぱり、流智実だ!間違いない!
コイサン詳しすぎ!
返コメ
2014/11/10 19:11
15. >>14 ☆コイサン☆さん
そうなんですよね(^o^)v
結局は人間性の良さで
そこに
人が集まるか離れるか
それは世界も日本も
同じなんですよね
悪ければ亡びるんですよね(ToT)
返コメ
2014/11/10 18:53
14. >>13 もとさん
団体が大きければ大きくなるほど、そこに携わる人間関係も複雑になっていくわけで、私利私欲に先走るプロモーターもいれば、自分のテリトリーにいるレスラーを守ろうとするプロモーターもいます。
人間なんだから富と名声は誰だって欲しいさ(^.^)
でも誰かの為に一生懸命になれるプロモーターってのが結局は良いレスラーを育てることができるのだと思います(^^)
良いプロモーターには良いレスラーが必ず付いてます。
そしてそのプロモーターのテリトリーに世界王者は誕生するのです。
返コメ
2014/11/10 18:42
13. いや~
コイサン師匠のこの日記は
素晴らしいです(^o^)v
わたくしの一番興味のある
幻のNWAの歴史をここまで
詳しく説明できる人は
おりません(ToT)
たぶん他の人はあまり
世界タイトルとかは興味無いと
思いますが
この世界タイトルこそ
世界のプロレスの歴史
1つの世界タイトルを巡って
人間模様が出来ていくんですね(ToT)
返コメ
2014/11/10 17:18
12. >>9 ☆空我☆『JuIie』さん
父親はパンジャ・ノメリーニです(=^ェ^=)
返コメ
2014/11/10 17:17
11. >>8 九郎ス カウンター![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
さん
猿だな(  ̄▽ ̄)
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2014/11/10 17:16
10. >>7 岬のパパさん
そんなこと言っちゃ
ダメよ~ ダメダメ( ̄O ̄)!!
返コメ
2014/11/10 17:06
9.
こんにちは。
レオ ノメリーニの弟は
アストラ ノメリーニなんですかね?
☆空我☆
返コメ