伝説のレスラー番外編 国際プロレスを襲った 伝説の外国人レスラー vol.12
伝説のレスラー 番外編
国際プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.12
12回目の今回はルーキー時代に国際プロレスに初来日し、その後、大ブレークした大物選手の登場です。
それではどうぞ(@^^)/
1.リック・フレアー 185センチ 、110キロ
得意技 フィギュア4レッグロック
1949年テネシー州メンフィス出身
ミネソタ州ミネアポリス育ち。
1972年にガニアキャンプを卒業しデビュー。
デビュー当時はGIカットのラフファイターとして売り出されたが全く芽が出ずAWAからNWAの大西洋岸地区に転出。
そこで髪をブロンドに染め、ロングヘアーを靡かせ、ゴージャスなロングガウンを身に纏い、ネイチャーボーイを自称し登場すると、端整な顔立ちとキザな振舞いがウケて人気が爆発した。
同じタイプのグレッグ・バレンタインとコンビを組み、同地区のタッグタイトルを総ナメにしている。
次期NWA王者候補の最右翼と呼ばれるようになったがなかなかタイトルを獲得させてはもらえず、1981年に遂にダスティ・ローデスを下しNWA世界ヘビー級王者となった。
以降、長年に渡りアメリカマット界の頂点に君臨し続けている。
初来日はデビューから1年後の1973年。
国際プロレスのマットに登場し、木村と金網デスマッチも経験している。
新人ながらアウトローズとのトリオでメインイベントに出場することも多かった。
2.ジェイク・ロバーツ 195センチ 、110キロ
得意技 DDT
1955年テキサス州ゲインズビル出身
2メートルを越す大男、グリズリー・スミスの息子。
デビュー当時は父親同様に木こりのギミックでラフファイターとして活動している。
1979年に国際プロレスに初来日。
翌年の2回目の来日時にはロックバンドKISSばりのフェイスペインティングを施し登場し(※写真参照)ファンや関係者を驚かせている。
国際では、然したる実績を残せなかったが、そのレスリングセンスの良さに将来を嘱望されていた。
1986年にWWFマットに登場すると、大蛇ダミアンをリングに持ち込むパフォーマンスで一躍人気者になっている。
1993年には新日に参戦。
DDTの創始者である。
3.リック・マーテル 183センチ 、110キロ
得意技 ダイビングボディアタック
1956年カナダ・ケベック州ケベックシティ州出身
2人の兄、ピエールとマイクのコーチを受け1972年に若干16歳でデビューしている。
地元カナダのモントリオールを主戦場に、ハワイや東南アジアにも遠征し腕を磨いている。
1976年に国際のマットに初来日。
寺西勇の保持するIWAミッドヘビー級のタイトルに挑戦している。
1984年にアメリカのセントポールでジャンボ鶴田を破り、AWA世界ヘビー級王座を獲得。
翌年には全日本プロレス両国大会に於て、リック・フレアーと史上初の外国人同士のNWA&AWAのダブルタイトルマッチを行っている。
国際プロレスは僅か15年でその歴史にピリオドを打ちました。
しかしその15年間はとても濃密な15年間だったと思います。
策士・吉原社長の時代の一歩先を行く運営方法自体も素晴らしかった。
しかし先を行き過ぎていた感も否めなかったのは事実だったと思います。
時代が追いついてこれなかったのが国際プロレスを崩壊へと追い込んだのでしょう。
日本人レスラーの質だって決して低いレベルではなかった。
しかし猪木や馬場のような圧倒的なオーラを放つカリスマが居なかったのも人気が出なかった原因だったのではないでしょうか…。
来日した外国人レスラー達は全員素晴らしかっただけに、残念でなりません。
以上(^O^)/
国際プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー達でした!
今回でこの企画は終了です。
どうもありがと~(-o-)/
※写真は左から
リック・フレアー
ジェイク・ロバーツ
リック・マーテル
です(^o^)v
コメント
2015/03/23 21:56
16. >>14 オルファ(神の眼を持つ男(笑)
)さん
しかもデブっちょだったしね(≧∇≦)
TBS時代は皆無に等しいらしい(ーー;)
大抵が生放送だったみたいだけど録画中継しても、テープが高価だったから使い回ししていたんだってさ( ̄~ ̄;)
だから残っていないみたい(--;)
ほんと残念です( ´△`)
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2015/03/23 21:52
15. >>13 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](https://img.550909.com/emoji/ic_asease.gif)
さん
他に蛇持ってたレスラー(-o-;)?
リッキーはトカゲだかワニだかを持ち込んでたけど…。
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2015/03/23 20:27
14. 国際時代のフレアーは垢抜けないレスラーだったよね!!
しかし…国際って
凄いメンツが来日してるよね!!
今~旧来の国際の影像観たら堪らんよ♪
返コメ
2015/03/23 20:08
13. >>12 ☆コイサン☆さん
蛇持ちは、ジェイク…だけにあろうか?
(^-^)/
返コメ
2015/03/23 18:59
12. >>10 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](https://img.550909.com/emoji/ic_asease.gif)
さん
だっ…誰と勘違いした(;・ω・)
返コメ
2015/03/23 18:58
11. >>9 レインメーカーさん
そうなんですよね(^ω^)
だから今回は来日した外人レスラーのランキングではなく、時代毎に変わっていったブッキングルートや、時代時代のエース級外人達を振り返ってみたいと思ったのです。
返コメ
2015/03/23 18:53
10. >>8 ☆コイサン☆さん
我は、違う者と勘違いしておるし(笑)
φ(゜゜)ノ
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2015/03/23 18:50
9. 当時の日本のプロレス状況だと、やっぱり馬場&猪木の時代でしたからね。
吉原社長の斬新なアイデアも、二人のカリスマには敵わなかったのかなぁと思います!
今だったら、もっと違う感じで国際プロレスを観ていたかも知れないけど当時は、新日本or全日本かって感じでしたからね。
昭和のプロレスの中では地味な団体でしたけど、今になって思うと凄く魅力的な団体だったと思います(^_^)
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2015/03/23 18:34
8. >>6 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](https://img.550909.com/emoji/ic_asease.gif)
さん
DDTは写真の頃のほうがブヨブヨした身体付きしてたよ(^.^)
ダミアン持ってた頃のほうがシャープだった(^_^)
返コメ
2015/03/23 18:32
7. >>5 小3だよたくちゃんさん
電気アンマすなっ(--)/
フレアーは若い頃は
コテコテのラフファイターだったんだ(-。-)
なんせ好きなレスラーがクラッシャー・リソワスキーだったらしいからね(^.^)
体型も似ていたし(^。^)
でも彼はファイト内容と風貌を一変させる。
それでもアグレッシブなファイトスタイルはそのままにインサイドワークとテクニックを身に付けた。
そしてNWA王者になった後はディフェンス面でも突出した才能を見せてくれた。
アメリカンプロレスが生んだ最高のエンターテナーです。
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