伝説のレスラー番外編 新日本プロレスを襲った 伝説の外国人レスラー vol.5
伝説のレスラー 番外編
新日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.5
遂にWWWFと本格的な提携を開始した新日本プロレスにパワーファイターが大挙来日します。
そんな中、1975年には念願のNWAに正式に加盟した新日本プロレスに、NWA系のレスラーも来日するようになり始めました。
しかしシリーズの大半はWWWFからの選手が占めている状態が続きます。
今回はWWWFから送り込まれて来た選手と、NWAミッドアトランティック地区からの選手の登場となります。
それではどうぞ(@^^)/
1.ペドロ・モラレス 180センチ 118キロ
得意技 ペドロスペシャル(ワンハンドバックブリーカー)
1942年プエルトリコ・クレブラ島出身
15歳の時に一家揃ってニューヨークに移住。
16歳でYMCAに入門しレスリングを始め、1959年に17歳でプロレスデビューしている。
当時のリングネームはジョニー・コモ。
同郷の先輩スター選手であるミグエル・ペレスのタッグパートナーに抜擢され、甘いマスクと跳躍力を生かしたダイナミックなレスリングで早くから人気を博している。
1964年にロサンゼルスに転戦し、リングネームを本名のペドロ・モラレスに改名。
1965年にはザ・デストロイヤーを破りWWA世界ヘビー級王座に君臨した。
初来日は1966年に日本プロレス。
第8回ワールドリーグ戦に参戦し空中殺法を駆使し、馬場や大木、吉村らを苦しめ、WWA王者の実力を証明。
1971年にはMSGでイワン・コロフを破りWWWF世界ヘビー級王者になり、2年10ケ月に渡り東海岸の帝王として多くの名勝負を残している。
新日初登場は1976年。
第3回ワールドリーグ戦に参戦し決勝戦まで進出したが、坂口にリングアウトで敗れてしまい惜しくも準優勝に終わっている。
しかし独特の空中殺法に加え、パワー殺法などでリーグ戦での人気を独占している。
その後、78年、79年と新日マットに来日し猪木の保持するNWF王座に挑戦した。
WWWFでは世界ヘビー級の他、インターコンチネンタルと世界タッグ王座も獲得している。
人種の坩堝、ニューヨークでは絶大なる人気を誇ったベビーフェイスである。
2.スタン・ハンセン 192センチ 135キロ
得意技 ウエスタンラリアット
1949年テキサス州ノックスシティ出身
アマリロのファンク道場で修行を積み、1973年1月1日にプロレスデビュー。
初来日は1975年に全日マット。
翌年にWWWFで時の世界王者ブルーノ・サンマルチノの首を折り全米に悪名を轟かせた。
新日マット初登場は1977年。
MSGの人気者を戦線離脱させたことで仕事が無くなってしまったハンセン以外のヒール選手が、ハンセンに嫌がらせをさせないためのビンス・マクマホンの配慮でもあった。
そして恐怖の必殺技、ウエスタンラリアットが遂に日本でベールを脱ぐのである!
数々の日本陣営を必殺のウエスタンラリアットで血祭りに上げ、猪木をも病院送りにし、戦線離脱の憂き目に遭わせている。
しかしシングルマッチではあと一歩猪木を追い込めず、煮え湯を飲まされていたのだが、1980年にリングアウトで猪木を下し悲願のNWF王座奪取に成功。
新日外国人レスラーのトップに躍り出ている。
81年には田園コロシアムでアンドレと激突。
後世に語り継がれるド迫力バトルを繰り広げ人気を不動のものにした。
だがしかし!
その数ケ月後、全日本プロレスに電撃移籍。
新日ファンどころか全日ファンもビックリ仰天の形で全日の会場に現れたハンセン。
日本プロレス史上に残る衝撃的な移籍劇であった。
全日マットでは、シングルで3冠ヘビーを獲得したり、タッグでもブロディやデビアス、ゴディをパートナーに暴れまくっている。
3.マスクド・スーパースター 198センチ 132キロ
得意技 フライングスリーパー
1947年ペンシルバニア州ブラウンズヒル出身
高校で歴史の教師とフットボールのコーチとして働いていたが、ザ・モンゴルズのリーダーであるジート・モンゴルにスカウトされて1973年にプロレス入り。
ジートの新パートナーのボロ・モンゴルとしてモンゴル人ギミックで活躍した。
モンゴルズとして1974年に新日本プロレスに初来日。
その後もモンゴルズで来日した後に、NWAミッドアトランティック地区に転出し、大型覆面レスラーのマスクド・スーパースターに変身。
マスクド・スーパースターとしては1977年にミッドアトランティック地区から新日本プロレスに初登場した。
第4回ワールドリーグ戦では決勝戦まで進んでいるが惜しくも坂口に敗れている。
バランスのとれた巨体を翻して繰り出す、フライングスリーパーやダイビングボディアタックを主武器にトップ外人グループ入りし、猪木に再三再四挑戦している。
1984年からは3年連続でIWGPにも出場。
タッグ戦線ではディック・マードックと息の合った名コンビぶりを発揮した。
新日本プロレスの70年代から80年代を語る上で外せない名外人選手である。
新日本プロレスはWWWFと親密な関係にあったのにも拘わらずNWAやカナダのスタンピード・レスリングとも交流を深めていきます。
しかし柱はやはりWWWFとのビジネスだった。
次回はニューWWF王者やNWAフロリダ地区からの選手が登場します。
以上(^_^)/
新日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.5でした!
どうもありがと~(-o-)/
コメント
2015/04/07 19:57
26. >>24 ☆コイサン☆さん
昭和の時代は、プロレスは勿論、野球やサッカー選手も野武士と言うか侍みたいな感じの選手が多かった感じがします!
時代の違いと言えば、それまでだけど今はプロスポーツ全般がソフトな感じになってる気がします!
自分は、泥臭い感じの昭和の臭いがする感じが好きなので凄く今は、物足りない気がしてプロレスに限らず野球やサッカーも前ほどには見なくなりましたね( ´△`)
オッサンの考え方かも知れませんが、昔が凄く懐かしく思えます。
長文で申し訳ないです。
返コメ
2015/04/07 19:54
25. >>10 ☆コイサン☆さん
恋賛殿は、自慰マンでもある( ̄^ ̄)OK
返コメ
2015/04/07 19:28
24. >>23 レインメーカーさん
ジャーマンでしたよ(^ー^)
ワタクシのアニキが観に行ってて興奮して電話してきましたからね(^。^)
良い時代でした(^∇^)
返コメ
2015/04/07 19:22
23. >>22 ☆コイサン☆さん
ジャーマンの記憶がないッスね~(;o;)
子供心に、『何で逃げるんだ!負けたなら素顔を見せろよ』って感じでTVの前で、ほざいてました(^ー^)
良い時代でしたね~(⌒‐⌒)
返コメ
2015/04/07 18:45
22. >>21 レインメーカーさん
ジャーマンで勝ったんですよね(^ω^)
今でも鮮明に覚えていますよ(^_^)
返コメ
2015/04/07 18:40
21. >>8 ☆コイサン☆さん
流星仮面のマスクド.スーパースターは、猪木との覆面剥ぎVS賞金マッチをした記憶がありますね。
猪木が勝って覆面を剥いだら、タオルを被って脱兎の如く控え室に帰って行ったのを覚えていますね~。
返コメ
2015/04/07 16:08
20. >>19 ゴッチ式パイルドライバーは実はカール・ゴッチ考案ではないさん
ハンセンはテキサスの生まれだから
やっぱ似合うよね(・o・)
オックス・ベーカーがアドバイスしたらしいよ(^ー^)
そんで憧れていたテリーやマードックの格好を取り入れたみたい(^.^)
返コメ
2015/04/07 15:37
19. うおおおおお!!!
スタン・ハンセン超カッコいいですね∑(OωO; )!!
カウボーイ的な服装も超似合ってます(;゚д゚)
返コメ
2015/04/07 8:36
18. >>16 アギーさん
モラレスは顔と同様に
暑苦しいファイト内容だよ(。-∀-)
79年に来た時はローデスとグレッグ・バレンタインも
一緒にいたから暑苦しさに
拍車が掛かってた(´Д`)
返コメ
2015/04/07 8:29
17. >>15 ☆空我☆『JuIie』Rock’n Tourさん
オ
ハ
ヨ
ウ
ゴ
ザ
イ
マ
ス
(^^)
ク
ウ
ガ
殿
☆
返コメ