伝説のレスラー番外編 新日本プロレスを襲った 伝説の外国人レスラー vol.12
伝説のレスラー 番外編
新日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.12
日本にジュニアヘビー級という新たなジャンルを確立したのは、言うまでもなく藤波辰巳である。
藤波がWWWF認定世界ジュニアヘビー級王座を獲得したのは1978年1月23日。
ベルトを土産に凱旋帰国し、数多くの相手と闘って防衛に成功している。
その後はヘビー級転向に伴いジュニアヘビーのタイトルは返上。
後を引き継いだのがタイガーマスクである。
今回はジュニアヘビー級を日本に根付かせた、藤波時代の特に印象に残る3選手に登場してもらいましょう。
それではどうぞ(@^^)/
1.チャボ・ゲレロ 181センチ 100キロ
得意技 ロメロスペシャル
1949年テキサス州エルパソ出身
父親は偉大なルチャドール。
エル・サントとのコンビ「アトミック・ペア」で一時代を築いた名選手ゴリー・ゲレロ。
チャボはそのDNAを受け継いだ4兄弟の長男である。
初来日は1975年に全日本プロレス。
帰国後はロサンゼルス地区でトップスターとなり、レイスやテリーとも名勝負を繰り広げた。
藤波のライバルとして、1978年に新日本プロレスのマットに初登場。
藤波の王座に挑んだ試合は「流血の寝屋川血戦」と呼ばれ、ジュニア史上屈指の名勝負として、現在でも語り継がれている。
80年には木村健吾を破り、NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を奪取。
翌81年にベルトを手土産に6年振りに全日本プロレスに移籍してしまった。
新日本プロレスに残って佐山と一戦交えて欲しかったな。
2.スティーブ・カーン 182センチ 100キロ
得意技 ジャーマンスープレックス
1951年フロリダ州タンパ出身
1972年にフロリダのプロモーター、エディ・グラハムにスカウトされプロレス入りした。
実はエディの息子のマイク・グラハムとカーンは高校の同級生である。(他にディック・スレーターも同級生。)
ヒロ・マツダらのコーチを受けて地元フロリダのCWFでデビューしている。
1975年に全日本プロレスに初来日。
1979年にネルソン・ロイヤルの引退に伴い空位となった、NWA世界ジュニアヘビー級王座決定トーナメントに出場。
決勝戦でチャボ・ゲレロを破り王座に就いた。
そのベルトを巡りいざこざがあったが、結局はNWA認定インターナショナル・ジュニアヘビー級王座と名称を変え日本に定着している。
翌1980年に新日本プロレス初登場。
藤波とのダブルタイトルマッチに挑むが直前で指を骨折してしまい、惜しくも敗退。
王座から陥落してしまった。
カーンはストロング小林や長州力からフォールを奪うなど、実力的には申し分のない王者だっただけに不運としか言いようがない。
カーンのポーカーフェイスが印象に残っている。
3.エル・カネック 183センチ 100キロ
得意技 フライングネックブリーカードロップ
1952年メキシコ・タバスコ州フロンテーラ出身
1971年にデビュー。
当時は「青い王子」を意味する、プリンシベ・アスールのリングネームであった。
その後、1973年にカネックに改名したが試合には殆ど出場せずにハム・リーのジムでトレーニングに専念している。
1978年に新日に初来日。
その後ゴッチから指導を受けてジャーマンスープレックスなども身に付けている。
初来日時には藤波との対戦をドタキャンして勝手にメキシコに帰ってしまうなど、敵前逃亡の汚名を着せられてしまうが、藤波とはメキシコ修行時代から因縁があり、日本とメキシコを股にかけて抗争を展開している。
敵前逃亡以降は汚名返上のため日本で藤波に挑戦している。
1978年には、帰国してからUWAで大活躍しテーズを破りUWA世界ヘビー級王座に就いている
その後はUWAで外敵を迎撃し防衛戦を重ね、UWAの帝王として君臨している。
藤波のジュニア王座返上以降はタイガーマスクがジュニア戦線を盛り上げ、社会現象になるほどの大ブームが到来します。
次回はタイガーマスク時代のジュニア戦士から数名紹介したいと思います。
以上(^_^)/
新日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.12でした!
どうもありがと~(-o-)/
コメント
2015/04/20 14:04
2. ロメロ・スペシャル∑(OωO; )!!!
最近見ない技ですよね(ゝω・)
凄い迫力です(●`ω´●)!!!
あ、獣神さんがたまに使ってますね(ゝω・)
返コメ
2015/04/20 13:06
1. お疲れさまだす<(_ _)>
あっしスティーブ・カーンの記憶がなんだかすっかり抜けとって名前しか思い出せまてん(ーー;)
…勉強し直してきまつ====33
返コメ