伝説のレスラー番外編 全日本プロレスを襲った  伝説の外国人レスラー vol.3
60代前半  埼玉県
2015/05/12 10:33
伝説のレスラー番外編 全日本プロレスを襲った  伝説の外国人レスラー vol.3

伝説のレスラー 番外編

全日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.3


旗揚げシリーズにはブルーノ・サンマルチノがシリーズを通してのエースとして参戦していましたが、他にも大物中の大物がシリーズを通して参戦していました。

更にはテキサスから活きのイイ選手が来日していました。


翌年には第1回チャンピオンカーニバルが開催されているのですが、カーニバルに参戦しなかったものの、馬場のPWF王座に2日連続で挑戦した大物がいました。


今回はその3人が登場します。


それではVol.3をどうぞ(@^^)/



1.テリー・ファンク 188センチ 118キロ

得意技 ローリングクレイドル

1944年インディアナ州ハモンド出身


1966年に本拠地のテキサス州アマリロでデビュー。

70年にはNWA世界王者ドリー・ファンクJr.と共に日本プロレスのマットに初来日している。

全日マットには72年の旗揚げシリーズから参戦。

76年にはNWA王者として来日し、ジャンボ鶴田の挑戦を退けている。


テリー人気が爆発した切っ掛けは、77年に開催されたオープンタッグ選手権の決勝戦でアブドーラ・ザ・ブッチャー&ザ・シーク組と激突した1戦だろう。

アブドーラのフォーク攻撃で右腕をメッタ刺しにされ急遽、治療をしている最中に兄のドリーが孤軍奮闘。

包帯姿でリングに戻り、左のナックルパンチでドリーを救出したシーンはプロレス史に残る名場面を生んだ。

オープンタッグ選手権で優勝し大ブレイクしたファンクスは79年と82年には世界最強タッグ決定リーグ戦を制覇。

テリーは「テキサス・ブロンコ」の愛称と共にアイドル的な人気を博した。

83年にはヒザの故障で1度引退をするのだが、翌年にカムバックを果たしている。


今なお現役!

リビングレジェンドとして活躍している。



2.フレッド・ブラッシー 180センチ 105キロ

得意技 スイングネックブリーカードロップ

1918年ミズーリ州セントルイス出身


少年時代からボクシングとアマレスに没頭し、セントルイスの「ビジネスマンズ・ジム」でスカウトされ1946年にプロレス界に入った。

ジョージアやテネシーで長い前座時代を耐え抜き、59年にロサンゼルスで髪をシルバーに染めたヒール「フレッド・ブラッシー」に変身し大ブレイク。

相手を噛みつき攻撃で血ダルマにするという、前代未聞の悪党戦法で61年にはロサンゼルス地区認定のWWA世界ヘビー級王座に君臨した。

62年に日本プロレスに初来日。

噂の噛みつき攻撃でグレート東郷を血ダルマにし、試合を生中継で観た老人が10人以上ショックで死亡するという「ショック死事件」を引き起こし、社会的な事件となり「銀髪鬼」ブラッシーの悪名は日本中に知れ渡ったのである。

力道山亡き後は馬場に照準を絞り、インターヘビーにも挑戦している。


全日本プロレスには旗揚げシリーズにエースの1人として参戦。

必殺のスイングネックブリーカードロップは、54歳とは思えない絶品の切れ味で、馬場以下全選手を苦しめている。


WWWFでは後輩レスラー達や日本から来たレスラー達を親身になって可愛がり、アドバイザー的な役割を務めてビンス・マクマホン・シニアから全幅の信頼を得ていた。

シニアからジュニアに代わった後も、引退しているにも関わらず死ぬまでファイトマネーが支払われていたという。


死して尚、日本マット史に名を遺す偉大なる大ヒールの1人であった。




3.ザ・シーク 183センチ 105キロ

得意技 キャメルクラッチ


1926年ミシガン州ランシング出身


1952年にザ・シーク・オブ・アラビアを名乗り正統派レスラーとしてデビュー。

その後、アラビアの民族衣装であるクーフィーヤを被り、アラーに祈りを捧げる怪奇派のパフォーマンスと火炎殺法で一躍脚光を浴びた。

64年からはデトロイト地区の興行権を取得し、プロモーターとしての才能を発揮し「デトロイトの帝王」の称号を得ている。

65年にジョニー・バレンタインを破り、NWA認定USヘビー級王座に君臨。

防衛戦では凶器攻撃や場外乱闘、流血戦によって挑戦者を翻弄。

ここぞという場面では奥の手の火炎殺法を繰り出し、リングアウトや反則決着によってベルトを死守している。


72年に日本プロレスに初来日。

全日本マット初登場は74年4月。

第1回チャンピオンカーニバルの終盤戦に特別参加の形で登場。

2日連続で馬場の保持するPWF世界ヘビー級王座に挑戦した。

77年のオープンタッグ選手権ではアブドーラ・ザ・ブッチャーと「史上最凶悪コンビ」を結成。

優勝決定戦ではファンクスと壮絶な死闘を繰り広げた。

79年の最強タッグではアブドーラと仲間割れし、いきなり火の玉を浴びせ、のた打ち回せている。

全日本最後の参戦は81年の最強タッグリーグ。

その後、90年代はFMWでも活躍した。


シークもブラッシー同様、最後までヒールを貫き徹したプロ中のプロであった。

本国アメリカでは敬意を表し、オリジナル・シークと呼んでいるのだ。



次回は第1回チャンピオンカーニバルに
初来日した大物他2名の登場です。


以上(^_^)/


全日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.3でした!



どうもありがと~(-o-)/




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コメント

60代前半  埼玉県

2015/05/20 17:06

29.  >>28 パワーさん

この写真のテリーはまだ肉体的にも全然衰えてないし、顔つきも精悍な顔つきしてるね(・o・)

今のテリーは渋いよね(^.^)

20代後半  京都府

2015/05/20 15:39

28. テリー、カッコイイ!
年をとってからもまだまだカッコイイです(≧∇≦)

60代前半  埼玉県

2015/05/15 8:25

27.  >>26 オルファさん

テリーが言うバカってプロレスバカってことなんだと思いますよ(^ー゜)

プロレスを心底愛してる(^ー^)

愛して愛して
愛しているんだと思います(^o^)

60代前半  北海道(道央)

2015/05/15 8:07

26. テリー

色んなレスラーに影響与えたね(^_-)

魅せる事に長けていたから…日本じゃスーパーアイドル(^O^)

こういった人気は…バカじゃ獲得出来ないけど

バカになってテリーファンク演じてきたんだろうね!(^ω^)

60代前半  埼玉県

2015/05/13 19:33

25.  >>24 ☆空我☆『JuIie』Rock’n Tourさん

ワタクシも2日に1回はマスカラ
着けてますから(  ̄ー ̄)ノ

60代前半  東京都

2015/05/13 18:55

24.  >>19 ☆コイサン☆さん

こんばんは。

マスカラ毎日つけてますから。

☆大塚 愛☆

60代前半  埼玉県

2015/05/13 18:01

23.  >>22 福ちゃんさん

かなりレアな話が聞けて
良かったです(*^ー^)ノ♪

色々な事を試してたんですね(^^)

ありがとうございましたm(__)m

60代後半  神奈川県

2015/05/13 17:38

22.  >>21 ☆コイサン☆さん
返コメ有りがとうございます。

力道山のブ-レンに、興行士がいました。

カラーで、記録映画的でした。

テレビが普及になる前で、隣の理容店が購入し

ましたが、かなり高くアンテナを立てましたが

映りは、良くなかったです。それでも隣近所30人は集まりました。

福島県の限界でした[泣き顔]

60代前半  埼玉県

2015/05/13 14:59

21.  >>20 福ちゃんさん

こんにちは|^▽^)ノ

劇場公開まで
やってたんですか~(@ ̄□ ̄@;)!!

当時としたら画期的ですよね?

誰の発案なんですかね(´-ω-`)

時代の先端を走ってますね(^_^)

60代後半  神奈川県

2015/05/13 14:29

20.  >>15 ☆コイサン☆さん
こんにちは[晴れ]

街頭テレビの後です[にこにこ]

確か‥その頃は劇場公開も有りました。

ロスでの試合は録画放映で、力道山が元気な頃でした。

デストロイヤ-が、登場する前でした。

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