伝説のレスラー番外編 全日本プロレスを襲った  伝説の外国人レスラー vol.4
60代前半  埼玉県
2015/05/14 6:47
伝説のレスラー番外編 全日本プロレスを襲った  伝説の外国人レスラー vol.4

伝説のレスラー 番外編

全日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.4


今回はチャンピオンカーニバルの記念すべき第1回大会に出場した選手の中から3人をピックアップしたいと思います。

全日は元より、日本マット界に初登場した、まだ見ぬ強豪や全日初登場の強豪、覆面を被って新たに参戦して来た強豪が登場します。


それではVol.4をどうぞ(@^^)/



1.マーク・ルーイン 188センチ 115キロ

得意技 スリーパーホールド

1937年ニューヨーク州バッファロー出身


兄のドンとテッドが共にプロレスラーだったことから、2人の兄が主戦場としていたピッツバーグで1957年にプロデビュー。

翌年には早くもニューヨーク地区に進出し、同郷の先輩ドン・カーチスとのコンビで、エディとジェリーのグラハム・ブラザーズからUSタッグ王座を奪取し全米にその名を広めた。

66年にはロサンゼルスでWWA世界ヘビー級王者ルー・テーズに挑戦。

この年の1月にNWA王者から陥落し、50歳になっていた落日の王者テーズを見事、ドン・カーチス直伝のスリーパーホールドで撃破。

ルーインはこの後、オリンピック・オーデトリアムで黄金時代をスタートさせるのである。

日本では「毒蛇」の異名を付けられ、長らく「まだ見ぬ強豪」として来日を期待されていたが、遂に73年に開催された「第1回チャンピオンカーニバル」に待望の初来日を果たしている。

南半球ヘビー級王者として、36歳で来日したルーインは脂の乗った絶頂期で、期待に違わぬ活躍を見せて決勝戦に進出。

しかし惜しくも馬場に1-2のスコアで惜敗し準優勝に終わっている。

その後も82年までに合計9回に渡って全日マットを襲撃し、キング・カーチス・イヤウケアとの狂乱コンビで日本陣営を苦しめている。

試合中にいきなりコーナーのターンバックルを外し、ロープで相手の首を絞めたり、隠し持った白い粉を突然相手の目に投げつけるなど、アナーキーなファイトぶりで独特な存在感を保った異色の強豪であった。



2.キング・カーチス・イヤウケア 193センチ 140キロ

得意技 フライングソーセージ


1937年ハワイ州ホノルル出身


1958年、ホノルルでロード・ブレアースのスカウトによりプロレスラーとなった。

巨体を利したブルファイトで連戦連勝を続け、「脅威のルーキー」と連日マスコミに大きく報道されている。

噂を聞きつけた力道山が招聘し60年に23歳で日本プロレスに初来日。

流血を全く恐れないド迫力ファイトでシリーズの人気を独占。

キャリア僅か2年で力道山の保持していたインナーナショナル・ヘビー級選手権に挑戦している。

惜しくも敗れたものの、狂乱ファイトで日本マット界でも一気にエース外人の一人となった。

その後、日本プロレスに4度、国際プロレスに1度来日したが、馬場が全日本プロレスを旗揚げしてからは全日一筋。

73年の第1回チャンピオンカーニバルから始まり79年の引退まで、他団体には1度も参戦していない。

コーナーマットの2段目から奇声と共に落下するフライングソーセージが切り札で、馬場・鶴田以下の日本勢は、ことごとく何度も圧殺されフォール負けを喫している。

79年1月、ブロディの初来日シリーズにイヤウケアが参戦しており、観客席を掻き分けて入場し、口を歪めながら奇声を発し相手を威嚇するところなど細かな部分でブロディはイヤウケアの動きを模倣している。



3.カリプス・ハリケーン 183センチ 110キロ

得意技 ブレーンバスター(バーティカルスープレックス)


1932年ベネズエラ・サンフェリペ出身


昭和40年代に日本を襲った3大マスクマンといえばデストロイヤーとマスカラス、そしてこのカリプス・ハリケーンであろう。

1956年にベネズエラのカラカスでデビュー。

当時のリングネームはシクロン・ベネズエラーノ。

58年には欧州各地を転戦してキャリアを積んだ。

60年にアメリカに進出し黒覆面のマスクマン、サイクロン・ネグロとして活動。

62年の年末にデストロイヤーとのコントラ戦で敗れ素顔となっている。

その後は素顔で活動していたが64年にカリプス・ハリケーンに変身。
再びマスクを被りマスクマンとして活動している。

同年、日本プロレスに初来日したが何故か素顔のサイクロン・ネグロとしての来日であった。

全日マット初登場は72年。
この時は素顔での来日であった。

翌年の第1回チャンピオンカーニバルにカリプス・ハリケーンとして来日。

75年にはデストロイヤーの「覆面十番勝負」の5戦目の相手を務めている。


カリプス・ハリケーンの日本での名勝負は初来日のワールドリーグ戦でのジャイアント馬場との試合であろう。

公式戦45分1本勝負をフルタイム使い引き分けた1戦は今もオールドファンの語り種となっている。



ちなみに今回の3人はチャンピオンカーニバル参戦にあたり、シリーズ記者会見で「王者」であると発表されています。


ルーインが南半球ヘビー級王者。

イヤウケアが太平洋岸ヘビー級王者。

ハリケーンが中南米ヘビー級王者。

一応シリーズ終盤にタイトルマッチも組まれていましたが、そのタイトル全てが急造のタイトルでありました。

しかも1回大会はトーナメント方式で馬場だけシードで、他の外人選手は全員が日本人と対戦し準々決勝まで駒を進めています。(デストロイヤーは日本人サイドとして参戦し準々決勝進出。)

余りにも見え見えの大会であったため、3回大会以降はリーグ戦方式を採用しています。


次回は1974年のNWAチャンピオン・シリーズに参戦した、超豪華BIG3の登場です。



以上(^_^)/

全日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラーvol.4でした!


どうもありがと~(-o-)/


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コメント

2015/05/14 8:05

2. おはよございまつ<(_ _)>

先生、今回あっし全滅だす(ーー;)

もっぺん勉強してきまつ====33

60代前半  東京都

2015/05/14 7:03

1. おはようございます

イヤウケア
すっごく怖かった記憶があります

奇声発して血だらけで

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