伝説のレスラー番外編 全日本プロレスを襲った 伝説の外国人レスラー vol.7
伝説のレスラー 番外編
全日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラー vol.7
全日本プロレスを襲った外国人レスラーの中には泣く子も黙る、それはそれは恐ろしい顔をしたレスラーが何人か居ました。
そんな強面のレスラーに今回と次回の2回に分けて登場してもらいましょう。
それではVol.7をどうぞ(@^^)/
1.キラー・コワルスキー 198センチ 120キロ
得意技 フライングニードロップ
1926年カナダ・オンタリオ州ウィンザー出身
高校卒業後、地元のフォード自動車工場で働く傍ら、YMCAに通ってボディビルに熱中していたところを、デトロイト地区のプロモーターにスカウトされて1947年にプロレス入り。
2メートル近い巨体とバランスのとれた筋肉を見込まれ、デトロイトに遠征中のNWA王者ルー・テーズにマンツーマンのコーチを受け急成長した。
モントリオール地区に入りドン・レオ・ジョナサンとの抗争でトップグループの仲間入りを果たしている。
52年にはユーコン・エリックの左耳をニードロップで削ぎ落とすという、プロレス史上稀にみる凄惨な事件を引き起こして、世界中のプロレスファンを震撼させた。
モントリオール地区認定AWA世界ヘビー級王座を9回も獲得したほか、62年にはNWA王者バディ・ロジャースの足首を折って王座を奪取(公式記録から抹消)するなど「殺人狂」の異名に違わぬ活躍で全米規模の引っ張り凧となった。
全日本プロレス初登場は73年。
75年の来日では嘗てのライバル、サンマルチノやキニスキーとのコンビで馬場&鶴田の保持するインタータッグに連続挑戦し話題となった。
引退後はボストンにプロレスリング・スクールを開校し、HHHやチャイナ、ジャイアント・バーナードなどのトップ選手を輩出している。
2.フリッツ・フォン・エリック 195センチ 120キロ
得意技 アイアンクロー
1929年テキサス州ジュウェット出身
テキサスの南メソジスト大学時代にアマレスとフットボールで鳴らした。
学生結婚しそのまま大学を中退。
カナダに渡りCFLのエドモントン・エスキモーズに入団。
カルガリーでスチュ・ハートと出会い、52年からフットボールのオフシーズンを利用しハート道場でプロレスのトレーニングを積んだ。
ドリス夫人との生計を優先し、最終的に収入が良いプロレスラーを選択。
53年にデビュー。
当初は本名のジャック・アドキッセンで活動。
58年にニューヨーク州バッファローでナチスギミックのフリッツ・フォン・エリックに変身。
握力130キロ以上、スパンが32センチという規格外の右腕を最大限に活かした必殺技、アイアンクローを編み出し一躍トップグループの仲間入りを果たしている。
64年には地元ダラスに凱旋し、同地区のプロモーターから徐々に株を取得。
67年には興行権買収を完了。
以降ダラスを「鉄の爪王国」と呼ばれるまでに成長させ、「ダラスの帝王」の異名を欲しいままにした。
初来日は66年に日本プロレスのマット。
それまでプロレスで1度も使用されたことがなかった日本武道館で馬場の保持するインターナショナル選手権に挑戦し、日本武道館をフルハウスにし大物ぶりを証明。
全日本プロレスには73年、75年、79年の3回に渡って特別参加し、馬場のPWFに2度挑戦。
現役最後となった79年の来日では「ジャンボ鶴田試練の十番勝負」の最終戦の相手として、鶴田に胸を貸している。
3.ジン・キニスキー 193センチ 115キロ
得意技 キッチンシンク
1928年カナダ・アルバータ州エドモントン出身
学生時代からアマレスとフットボールで鳴らし、1949年に地元エドモントンのエドモントン・エスキモーズに入団し活躍していたが、遠征先のアリゾナ州で同地区のプロモーターに口説かれ52年にプロレス界に足を入れた。
当初はフットボーラーとの2足の草鞋であったが54年からプロレス一本に絞って活動している。
61年にバーン・ガニアを破りAWA認定世界ヘビー級選手権を獲得。
初来日は64年に日本プロレスのマット。
第6回ワールドリーグ戦に参戦。
決勝戦に駒を進めたが惜しくも豊登にリングアウト敗けを喫してしまい準優勝に終わっている。
66年にルー・テーズを破り、当時世界最高峰の権威を誇ったNWA認定世界ヘビー級選手権を奪取。
このNWA獲得により、1番権威のあった頃のAWAとNWAの両ヘビー級王座を獲得した唯一の選手となった。
NWA王座は69年にドリー・ファンク・ジュニアに敗れるまでの3年間、精力的に防衛戦を行い、各地で名勝負を残している。
71年の来日時には馬場からインターナショナル選手権をも奪っている。
AWA、NWA、インターナショナルヘビーと3つも権威ある王座を獲得しているのはキニスキーだけだ。
そんな彼を日本では「荒法師」、「戦う機械」と呼んでいる。
全日マット初登場は74年。
74年から79年にかけて3回参戦。
馬場のPWF王座に挑戦したほか第3回チャンピオンカーニバルでは決勝戦に進出するなど、世界王者時代と変わらぬタフネスぶりを発揮している。
次回も強面のメンバーが登場します!
以上(^_^)/
全日本プロレスを襲った
伝説の外国人レスラーvol.7でした!
どうもありがと~(-o-)/
コメント
2015/05/20 22:10
8. こんばんは
最初に死闘繰り広げたのは、キニスキ-でした。
エリック、キニスキ-は、テレビで放映されて
ましたね
素早く反撃するので、スポーツ紙は『やるな!小僧』と
キニスキ-の代弁を、書いてましたね(笑)
夏の甲子園球場での、試合はフルタイム引き分けでした。
返コメ
2015/05/20 21:57
7. おこんばわですm(._.)m
エリック一家の呪われた一家のイメージが僕は強いです
兄弟の不運な亡くなりかたで…
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2015/05/20 21:09
6. >>5 銀毛狐さん
お疲れさま~♪
個性的な3人だよね(・o・)
キニスキーは70過ぎてもテーズに喧嘩売ってたぐらいだから畏れ入る(-.-)
でもお茶目なところもあってタッグマッチの前にコーナーにあるロープの長さを自分の腕を使って相手側のロープの長さと同じか確認したりするんだよ(*´∀`)
3人とも伝説のレジェンドだね(^.^)
返コメ
2015/05/20 21:00
5. お疲れさまだす<(_ _)>
歴史に残るビッグネームだすがあっしは残念ながらファイト姿を知らない人達だす(ーー;)
返コメ
2015/05/20 20:43
4. >>2 オルファさん
してたね(・∀・)
エリックにしろキニスキーにしろ地元だとヒーローなのに日本ではね(・o・)
仕方ないか(* ̄∇ ̄*)
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2015/05/20 20:40
3. >>1 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](https://img.550909.com/emoji/ic_asease.gif)
さん
次回は1人が少し強面感が薄いかな(¨;)
頭も薄いけど(* ̄∇ ̄*)
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2015/05/20 20:32
2. コワルスキーはブロディがリスペクトしてたよね!
キングコングニーに、最後まで必殺してたもね!
エリックにキニスキー
この辺は実力あるから…ヒールの格があるよね!
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2015/05/20 20:23
1.
良き組み合わせにあると我思う( ̄^ ̄)ゞ
こワルスキーは動画もなく、見たかった
具内(-д-o)。o○Zzz
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