伝説のレスラー 番外編 猪木の名勝負と名会場 vol.5 後楽園ホール
伝説のレスラー 番外編
「猪木の名勝負と名会場」。
第5回目の今回は後楽園ホールです。
それではどうぞ(・◇・)┛
新日本プロレスは過去に3回、3年連続で元旦決戦を行っている。
先ずはこの試合から。
最初の元旦決戦。
1982年に行われたローラン・ボックとの1戦。
"シュツットガルトの惨劇"から3年3ケ月後、猪木はボックとの決着戦を日本で実現させた。
誰もが待ちに待った対決であったのだが、3年3ケ月という歳月は長すぎた。
ボックは左足血栓症、猪木は糖尿病。
両者共に体調が万全でない状態では、決着などつくはずがない。
最後はボックの反則負けとなり不完全燃焼で終わってしまった。
しかし、このビッグカードを後楽園ホールでやったことに意義がある気がしてならない。
立会人には"神様"カール・ゴッチを招聘し、実力世界一決定戦的な雰囲気を出したのも良かった。
次は1983年の元旦決戦。
対戦相手は"黒い猛牛"ブラックジャック・マリガン。
この年の春に開催が決定しているIWGPに向けて万全の状態をキープしつつある猪木は、シングルマッチでの勝負感を鈍らせたくないのだろう。
大型のマリガンは仮想ホーガンか?
はたまたアンドレか?
年の初めのシリーズ開幕戦から躓く訳にはいかないとばかり、延髄斬りからのダイビングニードロップでマリガンを仕留めている。
次の元旦決戦はこちら。
1984年に行われたダスティ・ローデス戦
前年にレスラー人生の集大成として開催したIWGP決勝戦で、まさかのKO敗けを喫するという屈辱的な敗戦を経験した猪木。
あれから7ケ月後。
闘魂復活の兆しが見え始めていた猪木は、年明け早早から難敵を迎えていたが、春には再びIWGPでホーガンに雪辱しなければならない。
元旦からどんなファイトを見せてくれるか注目されたが、意外にもローデスの善戦が光り、猪木はいい味を出せないまま両者リングアウト。
なんとなく嫌な空気が後楽園ホールを支配していたのは言うまでもなかった。
以上(^-^)/
猪木の名勝負と名会場 vol.5
後楽園ホールでした!
どうもアリガト~(^◇^)/♪
☆Special Thanks
★企画・発案 九郎義経氏
※写真は左から
後楽園ホール外観。
初の元旦決戦での延髄斬り。
ローデスのエルボー弾。
◇後楽園ホール
座席数は1403だが超満員になると収容人員は2000人を越える。
どの席からも試合がよく見えるため、これ以上プロレス(他ボクシング、キックボクシング)に適した会場はないと言われていることから"格闘技の聖地"と呼ばれている。
JR水道橋駅から歩いて2、3分。
立地条件はすこぶる良い。
1962年に後楽園ボウリング会館が完成。
5、6階に現在の後楽園ホールとほぼ同じ形のホールが開設されている。
後楽園ホールの前身は後楽園ジムナジアムというプロボクシング会場だった。
現在のホールから少し離れた場所に在った、そのプロボクシング会場を後楽園ボウリング会館に移転させたのが現在の後楽園ホールである。
猪木対アリ戦の時には公開スパーリングもここで行われている。
コメント
2016/04/07 6:42
1. 快楽園ホール、バイブ( ̄^ ̄)ゞ
二番のボッキ戦は我も持つ(笑)
返コメ