伝説のレスラー 番外編 猪木の名勝負と名会場 スペシャル 蔵前国技館3
60代前半  埼玉県
2016/04/25 15:13
伝説のレスラー 番外編 猪木の名勝負と名会場 スペシャル 蔵前国技館3

伝説のレスラー 番外編

「猪木の名勝負と名会場」。


スペシャルバージョン蔵前国技館 Part3です。


最後となる今回は東京プロレス時代の名勝負と、新日時代からは豪華タッグマッチと蔵前で行われた3度目となる異種格闘技戦を選んでみました。


それではどうぞ(・◇・)┛


1966年10月12日に行われたジョニー・バレンタインとの1戦は、猪木が日本のマットで初めてメインイベントをとった記念すべき試合であった。

更にこの日は新団体として発足した東京プロレスの旗揚げ戦でもあったのだ。


この年の3月に日本プロレスからの脱退を決意してからの7ケ月間は、23歳の猪木にとって苦悩の連続の日々だった。

それだけに猪木は、この晴れの舞台に自分自身のレスラーとしての全てを賭けたのである。


当時のファンやマスコミの間では中堅レスラーのイメージが強かった猪木にとって、初来日の「まだ見ぬ強豪」ジョニー・バレンタインは荷の重い相手と思われていた。


期待と不安が交錯する中、蔵前国技館の館内にゴングが鳴り響いた。

だが試合開始から10分後、観客は興奮の坩堝に叩き込まれていた。

2年間に及ぶアメリカ武者修行を終えた猪木は、皆が知っている中堅レスラーの猪木とは全く別の猪木となっていたからだ!

鬼気迫る表情のバレンタインに、怯むことなく渡り合う勇猛果敢な若獅子となった猪木。

バレンタインの強烈なエルボー攻撃に対して弓を引くストレートで対抗。

一歩も退くことなく激しく渡り合う猪木に、武道館を埋め尽くした観客は声援を送り続けた。


そして初公開となる必殺技、アントニオドライバーが火を噴いた!

リングのみならず、場外でもアントニオドライバーを繰り出した猪木。

最後はバレンタインをリング下に葬り、見事に旗揚げ戦のメインを勝利で飾っている。

この時、日本のプロレス界に新たなヒーローが誕生した瞬間であった。


次の試合は新日時代のタッグマッチから。


猪木と坂口の黄金コンビが迎え撃つ対戦チームは最強の男達。

'鉄人'ルー・テーズと '神様'カール・ゴッチの史上最強コンビである。

この年の4月から黄金コンビを復活させた猪木と坂口は、新日プロの黄金時代を目指して大きな勝負に出た。

テーズとゴッチの2人にタッグを組ませた事で「世界最強タッグ戦」と銘打たれた。

この日本人好みのカードが大反響を呼んで国技館は超満員となった。


1本目はテーズが坂口にバックドロップを決めて先制のフォールを奪ったが、2本目は坂口が意地を見せてアトミックドロップからの体固めで1-1のタイに持ち込んだ。

決勝の3本目は猪木とゴッチの師弟同士が渋い攻防を見せたが、最後は猪木がゴッチをジャパニーズレッグロールクラッチを鮮やかに決めカウントスリー。

テーズとゴッチ。

この偉大なる2人を破った事で猪木、坂口組は文句なく最強コンビとしての地位を獲得。

この大会の成功を機に新日本プロレスは黄金時代に突入した。


最後は異種格闘技戦屈指のデンジャラスマッチを。


ルスカとの初対戦から4年。

1流どころばかりではなく、正直に言えば、『胡散臭い』相手も多くなってきていた異種格闘技戦。
シリーズ最後の1戦となったのが格闘技戦史上最もスリリングな展開となったウィリー・ウイリアムスとの闘いだった。

ウィリーは極真会館北米支部で師範代を務めていた猛者。

両陣営の挑発合戦などで試合当日まで「場外戦」が展開されて、最終的にプロレスvs極真空手のメンツとプライドを賭けた1戦に発展。

物々しく騒然とした一触即発の緊迫感が館内全体に充満する中、両雄ならびに双方のセコンド陣が大挙してリングサイドに陣取った。

ウィリーの重い打撃が何度も襲い掛かってくる中、猪木もグラウンドに引きずり込み、腕ひしぎ十字固めなどを極めに掛かる。

両陣営のセコンド陣がエキサイトし観客もヒートアップする険悪な雰囲気の中、1度は2ラウンドに両者リングアウトの裁定が下されたが、両雄ともに納得せずに試合は再開される。

しかし、その後も両者決め手に欠け、4ラウンドにもつれ合うようにリング下に転落。

猪木はウィリーの肘打ちで肋骨を負傷。

ウィリーも猪木の関節技で肘を負傷。

試合続行不可能と判断したドクターは試合をストップした。

結果は着かずとも、試合に於ける緊張感という点では屈指の異種格闘技戦だったことに間違いない闘いであった。



蔵前での名勝負は他にこんな試合がありました。


1.1972年10月4日

ゴッチを破り世界ヘビー級王者となった一戦。


2.1974年12月12日

NYで武者修行をして来た小林の再挑戦を、卍固めで再び返り討ちにした一戦。


3.1975年10月9日

テーズの挑戦を退けたNWFの防衛戦。


4.1976年10月7日

アンドレを流血に追い込みドクターストップ勝ちした格闘技世界一決定戦。


5.1978年4月21日

坂口と延長に次ぐ延長戦の末にリングアウトで勝ったMSGシリーズ予選。


6.1978年12月16日

ヒロ・マツダを卍固めで破ったプレ日本選手権決勝戦。


7.1980年4月3日

ハンセンからNWFを奪回した一戦。


8.1981年8月6日

マスクド・スーパースターを久々の原爆固めで葬った覆面剥ぎ&賞金マッチ


まだまだ他にも沢山ありますが切りがないのでこの辺で。


以上(^-^)/

猪木の名勝負と名会場 スペシャル

蔵前国技館でした!


どうもアリガト~(^◇^)/♪



☆Special Thanks
★企画・発案 九郎義経



※写真は左から

・蔵前国技館外観。

・猪木のアントニオドライバー。

・ゴッチを丸め込んだジャパニーズレッグロールクラッチ。



◇蔵前国技館

正式には藏前國技館と書く。

1954年竣工。

日本の国技である大相撲のために造られた会場である。

収容人員は1万1千人。

蔵前の土俵は上下稼働が出来ないタイプ。

その為、プロレス興行の時は土俵の真上にリングを組み立てていた。

よって土俵と同じで女性は立ち入り禁止の措置をとられていて花束は入場して来た際にリング下で渡していた。


1984年に30年の歴史にピリオドを打ち2代目国技館(両国)にバトンを渡した。

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コメント

60代前半  埼玉県

2016/04/26 3:27

30.  >>26 銀毛狐…堅磐に常磐に守り幸へ給へ…さん

お疲れちゃん( *・ω・)ノ

80年代はブームの真っ只中だからね(・o・)

60代前半  埼玉県

2016/04/26 3:25

29.  >>25 [ハート]珠利奈[ハート]じゅりなさん

森野 熊さん(-.-)

60代前半  埼玉県

2016/04/26 3:24

28.  >>24 ババーテレサさん

こんばんは(  ̄ー ̄)ノ

覆面剥ぎマッチは
YouTubeにあったと思います(^^)

でもやはり家のテレビで
ゆっくり観たいですよね(・。・)

50周年DVD-BOXに収録されていると思いますが…高い(ーー;)

在るならワタクシも観たいです(^ー^)

60代前半  埼玉県

2016/04/26 3:12

27.  >>23 九郎 義経 [ウマ][あせあせ(飛び散る汗)][ぴかぴか(新しい)]さん

アナタのシャフトは小鉄(。-∀-)

グッナイ(--)//~☆

2016/04/25 23:54

26. お疲れさまだす<(_ _)>

なんかこうして年代を順に見ていくとあっしの記憶に遺っとる試合って80年以降なんがよう分かりましたずら(ΦωΦ;)~゜

40代後半  大阪府

2016/04/25 23:34

25. 森のくまさん(*^▽^)/★*☆♪

60代前半  東京都

2016/04/25 23:06

24. こんばんわ

マスクド スーパースター戦

見に行きましたよっ(^o^)/

懐かしいなぁ

DVDとかないかなあ

無性に見たくなった

50代後半  愛知県

2016/04/25 22:32

23. 
我のシャフトは~ハガネにありし
( ̄^ ̄)鋼鉄ジークう(笑)グナイ

60代前半  埼玉県

2016/04/25 22:10

22.  >>21 ワイルド☆ファンキーさつき[野球][決定][グッド(上向き矢印)]さん

アソコジャンボ尾崎は熊より
アソコがデカイって本当か( ゜Д゜)

2016/04/25 21:52

21.  >>18 さん
熊ジェット尾崎も効くぞ(爆)(  ̄▽ ̄)[手(チョキ)]

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