伝説のレスラー 番外編 「唯一の男」Part3 馬場と猪木からベルトを奪った男
伝説のレスラー 番外編
「唯一の男」 Part.3
皆さんはプロレス界に於て「唯一の男」と聞いて真っ先に誰を思い出しますか?
10人いれば10人とも違う答えが返ってくるのか、10人中5人は同じ答えが返ってくるのか、それとも10人全員同じ答えが返ってくるのかワタクシにも判りません。
今回は日本プロレス界の2大巨頭、ジャイアント馬場とアントニオ猪木からベルトを奪った「唯一の男」です( ̄▽ ̄)ゞ
その男の名はスタン・ハンセン。
「不沈艦」の異名を持つ、日本プロレス史上最も長くトップに君臨し、日本のファンに最も愛されたガイジンレスラーである。
ハンセンの初来日は1975年9月。
ドリー・ファンク・ジュニアのブッキングで全日本プロレスに来日している。
本来ならデビューから9ケ月後の1973年10月に初来日が決定していたのだが、来日直前に右脚の腱を断裂してしまい流れている。
そして初来日から半年経った時にニューヨークで事件を起こしてしまうのだ。
例の「ブルーノ・サンマルチノ首折り事件」である。
ドル箱のサンマルチノを怪我させてしまったハンセンがWWWFに居たら危険と判断したプロモーターのビンス・マクマホン・シニアはハンセンに新日本プロレス行きを打診。
1977年1月から日本での戦場を新日本プロレスに変えて暴れまくったのだ。
そして新日初登場から3年後の1980年2月8日に猪木から虎の子のタイトル、NWFヘビー級選手権を奪取するのである。
シンやアンドレを追い抜き、一気に新日外人レスラーのトップに躍り出たハンセン。
NWF王座はリターンマッチで猪木に奪い返されてしまうのだが、1981年12月に新日を離脱するまでの間、猪木のトップライバルの1人であった事に間違いはなかった。
新日を離脱したハンセンは全日に衝撃的な登場を果たし、1982年から本格的に全日に参戦を開始。
全日再登場から僅か1年9ケ月後の1983年9月8日に今度は馬場からPWFヘビー級選手権を奪うのである。
そこから異例の10ケ月半もの間、ハンセンはPWF王座を死守し、全日でもトップ外人に君臨するのであった。
PWF王座は馬場に奪い返されるも1年後に再び馬場を破り獲得。
その後、次のターゲットを鶴田に絞り、今度は鶴田から至宝であるインターナショナルヘビー級選手権を奪取するのである。
ハンセンは馬場と猪木、更に鶴田をも破り、日本マット界の主力タイトルをその腰に巻いている唯一の男なのだ。
以上(^-^)/
「唯一の男」 Part.3
馬場と猪木からベルトを奪った
「唯一の男」でした!
どうもアリガト~(^O^)/♪
※写真は左から
・NWF初防衛戦
・馬場からベルトを奪った直後の控え室
・三冠王座獲得直後
コメント
2016/05/11 7:29
4. >>1 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](https://img.550909.com/emoji/ic_asease.gif)
さん
キリシタンマトリックス(o゜◇゜)
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2016/05/11 7:27
3. ハンセンは若い時より 歳を重ねた頃が 一番 カッコイイですね![[ウィンク]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_wink.gif)
![[ムード]](https://img.550909.com/emoji/ic_mood.gif)
ポーズも決まってきてるし
あっおはようございます
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2016/05/11 6:48
2. スタン・ハンセン好きだったなぁ~
ブロディとのコンビもワクワクもんでしたがね~
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2016/05/11 6:38
1. 上下んマラアットマーク(>.<)y-~
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