伝説のレスラー 番外編 ザ・引き抜き 衝撃のレスリング・ウォー 1981年の激震!
伝説のレスラー 番外編
今回は1981年から日本で起こったレスリング・ウォーにスポットを当ててみたいと思います。
プロレスに於ける闘いは、何もリング内に限った話でないのは皆さん御承知の通り。
その代表的な例が看板外人レスラーの
「引き抜き合戦」である。
新日本プロレスと全日本プロレス。
言い替えれば猪木と馬場が真っ向から張り合った究極のレスリング・ウォー。
抜きつ抜かれつの壮絶なバトル。
それこそ仁義なき闘いであったのが「引き抜き合戦」である。
このレスリング・ウォーが最も熾烈化したのは、今から35年前のことである。
1981年5月8日。
新日本プロレスの「MSGシリーズ」開幕戦の川崎大会のリング上に、本来ならそこにいるはずのない男が立っていた。
その光景こそ日本のプロレス史に残る「引き抜き合戦」の幕開けを意味していたのである。
そのリング上に姿を現したのは "黒い呪術師"アブドーラ・ザ・ブッチャーであった。
全日本プロレスのナンバーワン外人であるアブドーラが、新日本プロレスのリングに上がるなんて想像もつかない時代だったから、誰もが驚嘆の声を発していた。
このアブドーラの引き抜きは、全日本プロレスに大ダメージを与えたのは言うまでもない。
その後の興行やマッチメークに大きな支障を来すからだ。
温厚な馬場も、この時ばかりは烈火の如く怒り狂い「新日(猪木)の遣り方は汚い!」と吐き捨てた。
当然と言えば当然である。
この新日本プロレスの仁義に反する行為をただ黙って見過ごす馬場ではなかった。
これまで猪木の挑発など大抵の事には我慢に我慢を重ねてきた馬場だが、団体のトップとしてアブドーラの引き抜きには黙っていられなかった。
猪木の無法を許せなかったのだ!
そして馬場はアブドーラの新日マット登場から2週間も経たない内に、新日のエース外人の1人であるタイガー・ジェット・シンに手を伸ばすのであった。
カナダへ飛んだ馬場は直接シンと契約を交わし、僅か2ヶ月後の7月3日に全日マットに登場させている。
遂に報復に出たジャイアント馬場。
しかし新日はアブドーラに次いで、ディック・マードックとタイガー戸口を引き抜いたのだ!
更に鶴田とも交渉を進めていたというから驚きである。
これは馬場が「B&J」という子会社を作り、鶴田の懐にもマネーが入るようにし移籍を阻止した。
これで完璧に火が着いた「引き抜き合戦」は、エスカレートの一途を辿る。
マードックと戸口を引き抜いたことで新日が勢いづくと思われた矢先、とんでもないビッグネームが新日から全日に流出してしまうのだ!
81年12月13日の全日本プロレス蔵前大会。
世界最強タッグ決定リーグ戦。
ファンクス対ブロディ、スヌーカ組の優勝決定戦にブロディチームのセコンドとして、なんと "不沈艦"スタン・ハンセンが姿を現すのである。
新日のMSGタッグリーグ戦を終えて帰国したと思われていた男が何故、全日の会場にいる?
誰もがアッと驚いたハンセンの登場。
それは、「もはや引き抜き合戦は終わらない。」と思わせた瞬間でもあった。
次はどっちの団体に誰が引き抜かれる?
ファンは固唾を飲み、両団体の関係者は相手の水面下の動きに戦々恐々。
外人選手の宿舎を変えたり、彼らの部屋に外線が繋がらないようにするなど警戒体制を敷いていたという。
馬場は全米マット界の大物プロモーターに頼んで圧力を掛けさせたり、招聘回数を増やすことで1流外人の流出を防いでいた。
しかし馬場も手を拱いてばかりではなく、テリー・ファンクの協力で新日の1流どころにコンタクトを取っていた。
ハルク・ホーガンが全日流出一歩手前までいったことがあった事実は皆さん知っていると思います。
全日の次期シリーズのポスターに載っていた程、話が進んでいたのだ。
しかしホーガンはこの話を新日フロントに通達し、「全日に行かせたくなければファイトマネーを上げろ!」と交渉。
ホーガンのギャラは大幅にアップしたのだ。
そうなのです!
結局、この一連の引き抜き合戦で一番潤ったのは外人選手だったのです!
一説によるとアブドーラやジェット・シン、ハンセンのギャラは倍近くまでハネ上がったという。
それは、その後に移籍するダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミス(84年11月。新日→全日)やブルーザー・ブロディ(85年3月。全日→新日)にまで及ぶのである。
しかしそれはプロとしては当たり前のこと。
自分の値段に高値を付けた団体に移るのは、ごく自然のことである。
ブロディのようにプライドも関係する場合もあるだろう。
ギャラを上げてまで何故、新日は全日から外人を引き抜こうとしたのか?
その背景にはIWGP構想があったからだ。
当時の新日はWWFと提携していたが、ボブ・バックランド以外の他の選手はパワーファイターばかり。
猪木と究極の試合を出来るような選手は皆無に等しかった。
どうしても全日マットに上がっているビッグネームの外人選手を獲得する必要があったのだ。
ところが、調子に乗ってマードックや戸口も引き抜いたことが逆に火に油を注ぐ結果を招いてしまった。
新日のシリーズにシン以上に欠かせない存在となっていたハンセンを、全日に引き抜かれたことは痛恨だった。
日本のファンが待ち望んでいた、ブロディとの超獣コンビを全日マットに誕生させてしまったのだから、結局は一連の引き抜き合戦で得をしたのは全日本プロレスの方だったのである。
しかもハンセンの全日移籍は81年の6月には決定していたのだというのだから、その時点でこのレスリング・ウォーの勝敗は決まっていたのだ。
引き抜かれたアブドーラもブロディも最後には全日に戻ってしまったのだから、新日にとっては泣きっ面に蜂だったのだろう。
仕掛けた新日は、受けてたった全日ジャイアント馬場の持つ「信頼」という名の偉大な力の前に屈するしかなかったのだ。
以上(^-^)/
衝撃のレスリング・ウォーでした!
どうもアリガト~(^O^)/♪
※写真は移籍BIG3
左から
・アブドーラ・ザ・ブッチャー
・スタン・ハンセン
・ブルーザー・ブロディ
コメント
2016/05/21 11:29
4. 我は一番コメラーに~モンを引き抜かれそうになった、忌まわしき過去が
あったりなかっタリバン(^。^)y-~
返コメ
2016/05/21 11:19
3. 引き抜きは新日が先に仕掛けたけど
結末は全日の圧勝だった
ハンセン引き抜かれるなんて 新日は汁ほども思ってなかったはずだよ
あの時点のハンセンは新日のエース外人の枠を越えた外人のジョーカーだも
返コメ
2016/05/21 11:05
2. >>1 銀毛狐 a tide in the affairs of menさん
オツカレチャーン( *・ω・)ノ
水面下での鬩ぎ合いは今思えば
凄まじかったよね(・_・)
返コメ
2016/05/21 10:46
1. お疲れさまだす<(_ _)>
子供の頃は外国人レスラーの移籍の背景とか考えた事すらなかっただすが今見てみるとその裏側はスゴいでんなあヽ(ΦДΦ;)ノ
返コメ