伝説のレスラー 番外編 怪物 ジャンボ鶴田の 「日本人最強説」は本当なのか?
伝説のレスラー 番外編
今回は鶴田の日本人最強説について触れてみましょう(  ̄ー ̄)
鶴田は1973年3月23日に武者修行先のテキサス州アマリロでデビューしています。
武者修行時代に半年間で約150戦を消化して10月1日に帰国。
10月6日には国内デビューを果たしています。
その3日後には馬場とのコンビでファンクスの保持するインターナショナルタッグ王座に挑戦。
新人らしからぬズバ抜けた強さを見せ、テリーからジャーマンスープレックスで1本目を奪うという快挙を成し遂げます。
惜しくも獲得には至りませんでしたが、周囲の「時期早々」の声を見事に打ち消す大活躍ぶりでした。
その後は「善戦マン」などと呼ばれていた時期もありましたが、最強外人の1人、ブルーザー・ブロディを倒しインターナショナルヘビー級王座を獲得。
この辺りから「鶴田最強説」が巷で流れ始めます。
更にニック・ボックウインクルを破り日本人初となるAWA世界ヘビー級王座を獲得し最強説はエスカレート。
日本人王者としては初となる海外での防衛戦ツアーも敢行し鶴田の名前は世界にも拡がります。
世界を相手にここまで実力を見せつけた鶴田は、その強さを日本人ライバル達を相手に更に発揮していきます。
80年代にプロレスファンの間で巻き起こった「実力の新日。人気の全日」論争。
しかし実力なら新日と声を上げていた新日ファンを黙らせる試合が実現する。
1985年、新日から全日へと闘いの場を移動した長州と鶴田の両エースがシングルマッチで遂に激突したのだ!
序盤は一進一退の攻防が続いたが、30分を過ぎた辺りから長州のスタミナ切れが目立ち始め、鶴田の動きに付いていけなくなり、攻めまくられてしまうのである。
結果は60分フルタイムを闘い抜いてのドロー。
しかし誰の目から見ても両者の実力の差は明らかであった。
実力というよりスタミナの差なのかもしれないが…。
試合後に控え室でぶっ倒れた長州に対し、鶴田はシャワーを浴びて夜の街に繰り出したという話しもあるほどだった。
新日ファンの「実力なら新日」という夢を鶴田は長州との直接対決で打ち砕いたのである。
これが仮に相手が藤波だったとしよう。
結果は変わらないかもしれない。
長州が去った後の全日で鶴田は更に怪物ぶりを発揮する。
天龍革命を掲げた天龍源一郎を相手に毎回激戦を繰り広げ、天龍が「ジャンボを本気にさせる。」と牙を剥いてきても、逆に高角度のパワーボムで失神させてしまうのだ。
三沢達、超世代軍も世代交代を掲げ、鶴田の首を狙ってきたが大部分の試合で鶴田は全く寄せ付けなかった。
全日の選手相手でも元新日の選手相手でも鶴田は高い高い壁であり続けたのだ。
しかしマットの上で最強だった男も病魔には敵わなかった。
1992年、突如襲った内蔵疾患。
そして長い闘病生活の末、2000年「最強の日本人」説を背負ったまま遂に帰らぬ人となってしまった。
今となっては鶴田が最強の日本人だったのか、それとも他に存在したのかは判りませんが、鶴田は紛れもなく「最強の日本人」の1人に挙げることが出来る選手だったと思います。
以上(^-^)/
ジャンボ鶴田の最強説は本当か?でした!
どうもアリガト~(^O^)/♪
コメント
2016/11/21 20:23
6. お疲れさまだす<(_ _)>
あっしなんとなく鶴田の入場テーマのローリングドリーマーが好きやったせいか子供の頃鶴田かなり応援してましただヽ(ΦωΦ;)
大人になってからヴォーカルヴァージョン聴いて白目になっただすが…(笑)
返コメ
2016/11/21 20:07
5. お疲れチャ~ン(;´д`)
牧丘のジャンボ鶴田農園に1票(・∀・)
返コメ
2016/11/21 19:49
4. 会場であのオ~~~っをもう一度やりたかった
返コメ
2016/11/21 19:38
3. アントニオ猪木との対戦を見てみたかった
返コメ
2016/11/21 19:36
2. >>1 オルファさん
そうなんですよね(・_・)
肉体的に鶴田は抜きん出てましたからね(・。・)
スタミナも凄かったし(^_^)
鶴田最強論者。
先ず1人目です(^^)
返コメ
2016/11/21 19:32
1. 新日には鶴田のように大型外人と 張り合えるレスラーは居ませんでしたね
長州を引き合いに出せばブロディなんかは長州を子供扱いしてましたが
鶴田相手だとブロディも あっぷあっぷでした
個人的に鶴田が特別好きだった訳で無いですが
客観的に見ていて鶴田が最強だと思う一人です
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