伝説のレスラー 番外編 怪物以前
伝説のレスラー 番外編
今回は鶴田の若い頃のお話。
鶴田は1972年10月31日に全日本プロレスに入団します。
そして入団会見で今や伝説となった、あの迷言を口にするのです。
「プロレスはボクに最も適した職業と思い、尊敬する馬場さんの会社を選びました。」
1970年に中央大学でバスケットのオリンピック強化選手に選ばれた鶴田は、チームがオリンピック予選で敗退すると自衛隊体育学校に通いレスリングを学びます。
そして僅か1年後にはアマレス全日本選手権で優勝するのです。
翌72年も優勝し2連覇達成。
ミュンヘンオリンピックのグレコローマン100キロ以上級の日本代表として出場します。
そりゃプロレスが最も適した職業だって言っちゃうよね(-o-;)
アマレス始めて1年で日本のトップに君臨しちゃったんだもん( ̄~ ̄;)
全日に就職した鶴田は、翌年の3月22日にテキサス州アマリロのファンク道場へ、武者修行を兼ねて初の海外遠征へと旅立ちます。
ドリー・ファンク・シニアから手解きを受けて翌日にはデビューしているのも驚くね(--;)。
入団から海外遠征までの間は日本で練習していたのでしょう。
でなきゃ行き成り翌日にデビューなんて出来ないと思います。
アマリロでは最初、他のレスラーの車に乗せてもらい会場まで行っていたみたいなのですが、彼らは自分の試合が終わればさっさと次の会場へと移動してしまうので、鶴田は仕方なく最後まで先輩レスラー達の試合を観戦し、メモを取りながら試合運びや技の使い方を覚えていったそうです。
帰りは最後まで仕事をしていたレフリーに送ってもらうというチャッカリしたところもあったみたい。
アマリロ地区では、昨日闘った相手が今日はタッグマッチのパートナーだったりといった感じで毎日が過ぎたようです。
アマリロ地区の新人の中で鶴田と行動を共にしていたのがスタン・ハンセンでした。
ハンセンとはいつも同じ車で移動していたそうです。
ハンセンは全日本プロレスが鶴田に箱単位で送ってくれたインスタントラーメンを、ほとんど1人で平らげたという話は有名です。
鶴田は武者修行中に大抜擢を受けて、デビューから2ヶ月後の5月20日にドリー・ファンク・ジュニアの保持するNWA世界ヘビー級王座に挑戦しています。
それから2ヶ月半後の8月9日にはハンセンと組んで、ファンクスの保持するインターナショナル・タッグ王座にも挑戦させてもらっています。
両試合共、当然メインイベントだったでしょう。
遠征前に馬場から言われた「アメリカの客が満足するような試合が出来なければ、日本のお客を満足させることは出来ない。 メインイベンターになるまで帰ってくるな。」の条件を見事にクリアした訳です。
鶴田はアメリカ武者修行の半年間で約150戦をこなし、10月1日に凱旋するのです。
そして10月6日の国内デビュー戦を白星で飾り、その3日後には馬場とのコンビで再びファンクスのインター・タッグに挑戦。
日本の師匠と組んでアメリカの師匠越えを目論みましたが惜しくもの1-1からの時間切れ引き分けで失敗。
しかし、テリーから原爆固めで1本奪うなど大暴れしたのです。
そして10月27日にはファン公募で決まった新しいリングネーム「ジャンボ鶴田」となり怪物街道を歩み始めるのです。
天賦の才能に加え、驚異の身体能力だけで登り詰めた「怪物」への階段だと思っていましたが、武者修行時代の熱心な研究と惜しまない努力があったからこその賜物だったのですね。
まだ星条旗トランクスも黒のコスチュームも身に纏っていない鶴田友美の頃のお話でした。
以上(^-^)/
ジャンボ鶴田
「怪物」以前でした!
どうもアリガトーヽ(・∀・)ノ
コメント
2016/11/24 8:23
30. >>29 タカアキさん
お待ちしております(^_^)/
アンドレについては不透明な部分が多い謎のレスラーですから掘り下げ甲斐がありますね(^.^)
ではまた( ・ω・)ノ
返コメ
2016/11/24 6:58
29. >>28 ☆コイサン☆さん
おはようございますm(__)m
ありがとうございますm(__)m
途中から、1番最初の日記やつぶやきの拝読に切り替えさせて頂きましたが、1回目の登場がアンドレ!
いいですねぇ~(’-’*)♪
この人にも、面白く驚愕の逸話がかなり…。
では、またコメント欄にて♪
m(__)m
返コメ
2016/11/24 6:42
28. >>25 タカアキさん
観想やコメントはいつでも歓迎です(^_^)
ワタクシも猪木ファンとして日本人最強は今でもアントニオ猪木だと思っています(^-^)v
プロレス史上最強は…難しいですね(ーー;)
今後もそれは断言できないでしょう(¨;)
返コメ
2016/11/24 6:38
27. >>24 タカアキさん
ワタクシの日記を読んで楽しんでくれたのなら本当に嬉しく思います(^.^)
ワタクシもプロレス最強だと信じている人間の1人ですからね( ̄ー ̄)
返コメ
2016/11/24 6:36
26. >>23 タカアキさん
おはようございます(^ー^)ノ
初めてこの日記を読んでくれた方たちの中で、結構プロレスから遠ざかっていた人が多かったみたいで皆さんプロレス熱が再燃したと言ってくれてます(^-^)v
ワタクシもその中の1人なんですけどね(^^)
平成に入ってから日本のプロレス界もエンターテイメント制が強くなってきたから徐々に観なくなりましたからね(¨;)
それとカウント2.9の攻防とかもなんだかアホらしく感じてね(・_・)
プロレスってもっと単純でいいんじゃないかと。
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2016/11/23 22:40
25.
さらに遡り拝読させて頂きますが、もしご迷惑でなければ、その都度自分なりの感想や気づい点などをコメントさせて頂きたくお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?
(;^_^A
ちなみに、自分の中では…。
日本人最強は「アントニオ猪木」!
史上最強は「キラー・カール・ゴッチ」!
返コメ
2016/11/23 22:35
24.
と、同時に、「プロレスこそ最強である!」を信じてやまなかった自分の正しさを、再確認出来たというか…。
素晴らしい日記に、誠に感謝です!
ありがとうございますm(__)m
返コメ
2016/11/23 22:31
23. >>22 ☆コイサン☆さん
こんばんは(^^)
度々、失礼しますと同時に、飯を食うことも忘れ、過去の日記にも遡り拝読させて頂いております!
( ̄^ ̄)ゞ
従って、いいね!と閲覧が1つずつ増えているのは、かくいう自分のせいでして…。
(;^_^A ハハハッ…
いやぁ、昭和のプロレス最高ですよね♪
改めて、自分の中で眠っていたプロレス熱が甦ってきました!
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2016/11/23 14:56
22. >>18 九郎 義経印 総本山![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
さん
最初はテリーが穿いてたのを
貰ったんだよ(・o・)
赤と青で星が入っている
いわゆる星条旗トランクスね(^_^)
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2016/11/23 14:54
21. >>17 コテツさん
おつかれチャン( *・ω・)ノ
ファンク道場でも
教わってるはずなんだけどね(・。・)
例えばダブルアームスープレックスとかの投げ技は大きな弧を描いて会場の後ろのファンにも判るように投げろとかね(^.^)
まっ 鶴田はスープレックスは直ぐに覚えたみたいだけどね( ̄ー ̄)
フロントスープレックスが1番難しかったって言ってたのは意外だったけど(・_・)
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