伝説のレスラー 番外編 日本プロレス界昭和の歩み PART3 1970年~1979年
伝説のレスラー 番外編
引き続き日本のプロレス界の歴史を纏めてみたいと思います。
昭和の時代に生まれ、昭和の時代に育った日本のプロレス界の歩みを、昭和の主な出来事だけになりますが追ってみましょう。
PART.3の今回は1970年代をお届けします。
新しい団体が2団体旗揚げしますよ~(^◇^)
それでは参りましょう(o゜◇゜)/
☆日本プロレス界の歩み PART.3
★1970年~1979年★
◇1970年(昭和45年)2月5日
日本初のAWA世界ヘビー級タイトルマッチが実現。
国際プロレスのエース、ストロング小林がAWAの帝王バーン・ガニアに挑戦したが引き分けに終わる。
◇1970年(昭和45年)5月14日
ビル・ロビンソンがストロング小林を破り、IWAワールトシリーズ2連覇。
◇1970年(昭和45年)10月15日
全女の京愛子がマリー・バグノンを破り日本人初のWWWA世界シングル王者となる。
◇1970年(昭和45年)11月5日
第1回NWAタッグリーグ戦決勝戦。
猪木&星野組がニック・ボックウインクル&ビッグ・ジョン・クインを破り優勝。
◇1970年(昭和45年)12月3日
ジャイアント馬場がジン・キニスキーに破れインターヘビー級王座が初めて海外に流出。
◆1971年(昭和46年)3月26日
ロサンゼルスで猪木がジョン・トロスを下し、第3代ユナイテッド・ナショナル・ヘビー級王者となる。
◆1971年(昭和46年)5月18日
第3回IWAワールトシリーズ最終戦でモンスター・ロシモフが初優勝を飾る。
◆1971年(昭和46年)5月19日
第13回ワールドリーグ戦決勝戦。
馬場がアブドーラ・ザ・ブッチャーを破り5度目の優勝を飾る。
試合後、猪木が馬場への挑戦を表明。
◆1971年(昭和46年)11月1日
第2回NWAタッグリーグ戦決勝戦。
猪木&坂口組がキラー・コワルスキー&キラー・バディ・オースチン組を破り優勝。
猪木は本大会2連覇。
◆1971年(昭和46年)11月2日
新宿・京王プラザホテルで猪木と女優の倍賞美津子の結婚披露宴が行われる。
豪華挙式は1億円と言われている。
◆1971年(昭和46年)12月13日
日本プロレスは会社乗っ取りを理由に猪木を除名処分にすると発表。
◇1972年(昭和47年)3月6日
大田区体育館で猪木の新団体「新日本プロレス」が旗揚げ興行を開催。
メインで猪木はゴッチにフォール負けを喫してしまった。
◆1972年(昭和47年)5月6日
第4回IWAワールトシリーズ優勝決定戦。
ストロング小林がモンスター・ロシモフを下し日本人初となるワールトシリーズ優勝。
◆1972年(昭和47年)7月29日
猪木に次いで馬場も日本プロレスを退団。
◆1972年(昭和47年)10月21日
町田市体育館で馬場の新団体「全日本プロレス」が旗揚げ興行を開催。
超豪華外人レスラーが参戦した。
◆1972年(昭和47年)10月31日
アマレス、ミュンヘン五輪代表の鶴田友美が全日本プロレスに入団を発表。
「全日本プロレスに就職します。」発言が物議を醸す。
◇1973年(昭和48年)2月27日
世界選手権争奪戦決勝戦で馬場がボボ・ブラジルを下し初代王者となる。
タイトルは後にPWF世界ヘビー級王座と改称。
◇1973年(昭和48年)4月1日
日本プロレスを退団した坂口征二が新日本プロレスに入団する。
◇1973年(昭和48年)4月6日
NETテレビが金曜夜8時より「ワールドプロレスリング」と題して新日本プロレスの中継を開始。
◇1973年(昭和48年)4月20日
群馬県吉井町体育館大会を最後に日本プロレスが倒産。
◇1973年(昭和48年)4月21日
第1回チャンピオンカーニバル決勝戦。
馬場がマーク・ルーインを下し優勝。
◇1973年(昭和48年)7月9日
国プロマットで日本人同士の初の世界王座戦が実現。
ストロング小林がラッシャー木村を破りIWA世界ヘビー級王座の防衛に成功。
◇1973年(昭和48年)10月10日
第5回IWAワールトシリーズ優勝決定戦。
ラッシャー木村がブラックジャック・マリガンを破り初優勝を飾る。
◇1973年(昭和48年)10月14日
猪木&坂口組が蔵前でテーズ&ゴッチ組と対戦。
「世界最強タッグ決定戦」と銘打たれた試合で猪木組が勝利。
◇1973年(昭和48年)11月5日
新宿伊勢丹デパート前でタイガー・ジェット・シンが猪木夫妻を襲撃する事件が勃発。
◇1973年(昭和48年)12月10日
猪木がジョニー・パワーズを下しNWF世界ヘビー級王座を獲得。
◆1974年(昭和49年)3月10日
国プロを退団したストロング小林が馬場と猪木に挑戦状を送り、馬場は無視したが猪木は挑戦に応じた。
そしてこの日猪木と小林が初対決。
裁くレフリーは清美川梅之助。
蔵前国技館を埋め尽くした1万6500人の大観衆は力道山vs木村政彦以来20年ぶりの日本人エース対決に酔いしれたのだ。
伝説となった「首で支えたジャーマン」は未だに語り種となっている。
◆1974年(昭和49年)5月8日
新日の第1回ワールドリーグ戦決勝戦。
猪木がキラー・カール・クラップを破り優勝。
◆1974年(昭和49年)6月26日
猪木がジェット・シンの腕を折る。
◆1974年(昭和49年)10月10日
猪木が因縁の大木金太郎と対戦しNWF世界ヘビー級王座を防衛。
試合後には抱き合って男泣き。
◆1974年(昭和49年)12月2日
馬場がジャック・ブリスコを破り、日本人初のNWA世界ヘビー級王者となる快挙を達成。
◇1975年(昭和50年)3月19日
マッハ文朱がジャンボ宮本を破りWWWA世界シングル王座を獲得。
マッハ時代の到来。
◇1975年(昭和50年)4月19日
ラッシャー木村がマッドドッグ・バションを破りIWA世界ヘビー級王座を獲得。
ラッシャー時代の到来。
◇1975年(昭和50年)12月11日
日本武道館で全日と国際が力道山13回忌特別興行を合同開催。
◇1975年(昭和50年)12月11日
時を同じくして新日は蔵前国技館でアントニオ猪木VSビル・ロビンソン戦で対抗。
立会人のテーズとゴッチも絶賛する、猪木屈指の名勝負となった。
◆1976年(昭和51年)2月6日
日本武道館で猪木が初の異種格闘技戦を開催。
柔道王 ウィレム・ルスカをバックドロップ3連発でTKOに下した。
◆1976年(昭和51年)3月28日
全日と国際が初の全面対抗戦を開催。
大将戦は木村VS鶴田であった。
◆1976年(昭和51年)5月8日
第4回チャンピオンカーニバル決勝戦。
アブドーラ・ザ・ブッチャーが馬場を破り初優勝。
外人レスラーでは初。
◆1976年(昭和51年)6月26日
遂に実現した夢の対決。
アントニオ猪木VSモハメド・アリの世紀の一戦が日本武道館で開催。
15R闘い抜いての引き分けに終わった。
◆1976年(昭和51年)12月2日
猪木がパキスタンの英雄アクラム・ペールワンと現地で異種格闘技戦を敢行。
厳戒体制の中、アクラムの腕を折り、3R1分05秒にドクターストップ勝ちを収める。
◇1977年(昭和52年)5月14日
第5回チャンピオンカーニバル最終戦。
馬場が鶴田を下し4度目の優勝を飾る。
◇1977年(昭和52年)7月15日
全女のジャッキー佐藤&マキ上田の「ビューティ・ペア」が大ブームを巻き起こし、フジテレビが金曜夜7時のゴールデンタイムに全女のレギュラー中継を開始。
◇1977年(昭和52年)8月2日
異種格闘技戦で猪木が全米プロ空手のザ・モンスターマンを下す。
◇1977年(昭和52年)11月29日
国際プロレスがラグビーの元全日本代表選手 原進の入団を発表。
◇1977年(昭和52年)12月5日
世界オープンタッグ選手権最終戦でファンクスがブッチャー&シーク組を破り優勝。
ブッチャーのフォーク攻撃を耐えたテリー人気が爆発。
◆1978年(昭和53年)1月23日
MSGで藤波辰巳が新兵器ドラゴンスープレックスでカルロス・ホセ・エストラーダを破りWWWF世界ジュニアヘビー級王座を獲得。
ジュニアヘビー級ブームと共にドラゴンブームを巻き起こす。
◆1978年(昭和53年)2月8日
猪木と上田が日本初となる釘板デスマッチを敢行。
猪木がTKO勝ちを収める。
◆1978年(昭和53年)5月30日
第1回MSGシリーズ優勝戦。
猪木がアンドレを破り初優勝。
◆1978年(昭和53年)11月25日
西ドイツに遠征した猪木がシュツットガルトでローラン・ボックに判定負けを喫する。
「シュツットガルトの惨劇」と呼ばれたこの試合は未だに語り種となっている。
◆1978年(昭和53年)12月15日
'78 世界最強タッグ決定リーグ戦最終戦。
馬場&鶴田組がファンクスと対戦し引き分けながら得点差で優勝を飾る。
◆1978年(昭和53年)12月16日
プレ日本選手権優勝戦。
猪木がヒロ・マツダを下し優勝。
◇1979年(昭和54年)2月27日
全女のビューティペアが「敗者引退マッチ」と銘打ち対戦しジャッキー佐藤が勝利。
敗れたマキ上田はその場で引退。
◇1979年(昭和54年)8月26日
日本武道館で史上初の「夢のオールスター戦」開催。
全日、新日、国際の3団体が集結した。
ジャイアント馬場&アントニオ猪木のBI砲が8年ぶりに復活。
一般公募で選出されたアブドーラ・ザ・ブッチャー&タイガー・ジェット・シン組と対戦。
最後は猪木がシンを逆さ押さえ込みに仕留め勝利を挙げた。
試合後、猪木が馬場に「今度は対戦だ!」とアピールし、馬場も「よしっ!やろう!」と応えたが結局実現はしなかった。
◆1979年(昭和54年)10月31日
馬場がハーリー・レイスを破り第55代 NWA世界ヘビー級王者となる。
馬場はNWA王座2度目の戴冠。
◆1979年(昭和54年)11月30日
猪木がボブ・バックランドを破り、日本人初となるWWFヘビー級王座を獲得する快挙を達成。
激動の70年代を経て、次回はいよいよ激震の80年代に突入です!
以上(^-^)/
日本プロレス界 昭和の歩みPART2
1970年~1979年でした!
どうもアリガトーヽ(・∀・)ノ
※写真は左から
◇日本初のAWA世界戦
◇新日本プロレス、旗揚げ戦ポスター
◇8年ぶりに復活したBI砲
コメント
2017/02/10 11:57
6. >>5 たくやさん
つい最近のことのようですよね(^.^)
たまに、まだこの状態のままなんじゃないかと錯覚を起こしてしまいます(・o・)
返コメ
2017/02/10 11:48
5. この辺になると記憶も鮮明ですねぇ(^-^)
いろんなことが思い出されます!
ありがとうございます\(^^)/
返コメ
2017/02/10 11:09
4. >>3 九郎 義経![[ウマ]](https://img.550909.com/emoji/ic_horse.gif)
さん
へぇ~( ̄0 ̄)
いいなぁ~( ・∇・)
返コメ
2017/02/10 10:12
3. 真ん中のポスター、復刻版にあるも
持っておるぞ(笑)Ψ(`∀´)Ψ
返コメ
2017/02/10 8:19
2. >>1 コテツさん
まいどっ( *・ω・)ノ オハヨー♪
70年代は様々な出来事があって充実してた年代だったよね(^_^)
80年代は引き抜き合戦とかあったから激震の年代になるからね(~_~;)
返コメ
2017/02/10 7:09
1. おはようです(^-^)/
1970年代プロレス激動ですね(゜ロ゜)
人気出るわなぁ(^-^)
返コメ