掌編小説其ノ参「向日葵」

一面の向日葵畑

おそらく2mに近い高さで咲き誇るこの畑では
向日葵迷路が拵えてある

まあ迷路とは言うものの
それほど難しいものではない

一分も歩けば直ぐにゴールにたどり着ける程度のものだけど
それでも訪れる者の大半は
この迷路へと入っていく

ご多分にもれず
僕も中に入ってみた

見上げれば
灼熱の太陽と
真黄色の向日葵の花

分かれ道で僕は立ち止まる

さあて
どっちに行こうか…

別段根拠がある訳でもなく
僕は右側へと歩を進めるべく
足を踏み出す

ふっ…と

向日葵の陰から
一人の女の子が目に飛び込んできた

5歳くらいだろうか
心配そうな顔をしてこちらを見ている

迷子か…

大人でも視界が効かない畑の中である
いくら単純な迷路とはいえ
子供なら迷ったとしてもおかしくはない

僕は少女に話しかけた

「どうしたの？迷っちゃった？」

少女の返事はない
ただじっと僕の顔を見ている

「どれおじさんと一緒に行こう」

少女に手を差し伸べる

少女はこのとき
初めて嫌悪感のある眼差しを僕に向け
身体をよじって僕の手を避けた

相変わらず
僕の顔からは目を離さない

「ごめんごめん(笑) 悪い人じゃないんだよ… お母さんは一緒じゃないの？」

僕は精一杯の笑顔をこしらえて
少女に話しかける

少女からの返事はない

「うーん困ったなあ…じゃお父さんは？」

僕がその言葉を発した瞬間である

『おまえだっ！！！』

少女は言いながら
人差し指を僕に向けた

とても子どもとは思えない
ドスの効いた声で…

そして少女の目力に吸い込まれるように

僕はその場で正気を失っていく

水の精クリチェと相思相愛だった太陽神アポロンは
人間であるペルシャ王の娘レウコトエを愛してしまった

その事を知ったクリチェは嫉妬し
レウコトエは深い穴に埋められてしまうが
太陽神アポロンは深い悲しみに追われ
その後クリチェのもとへ戻ることは無かった

クリチェは失恋の悲しみに暮れ
食事もとらず
ただただ土の上に立って
空の上の太陽神アポロンを見つめ続けたまま大地に根を生やし
やがて向日葵になってしまったという

薄れゆく意識の中で
地面から見上げれば
一面の向日葵の花

瞼の裏に
嫌悪感に満ちた少女の眼差しが蘇る

☆このお話はすべてフィクションです
間違っても僕に隠し子はいないことを
念の為申し添えておきます(´∇｀)