人は、誰もが誰かの力となれる存在なんだ
もう何年前になるやろか。
介護士になって、そろそろ「中堅」と言われる頃だったかな。
仕事は毎日しんどいけど、やりがいもあり充実していた。
そんなある日、仕事で大きなミスをしでかしてしまった。
その件に関しては、状況だとか環境の不備だとかあって、俺個人で防げたものではなく、介護業界が抱えている根源的な問題みたいな部分もそこにはあった。
仲間たちは皆
「これはどうしようもないことだ、気にするな」
と慰めてくれたんやけど、失敗は失敗だ。
ミスをした自分自身が惨めで情けなくてね。
後から考えたら、仕事のキャリアを重ね
「もう一人前だから」
という慢心がどこかにあったことは否めない。
自己嫌悪になって、この仕事は向いてないんじゃないか、と思い始めた。
その一件があった数日後の夜勤中だった。
90歳になるユメさん(仮名)の体位変換に訪室した時だ。
ユメさん俺をじっと見つめてね
「ナイタ、ナイタ」
とささやくように言うんやね。
ユメさんは認知症もかなり進んでいて、昼間はほとんど感情を顔にだすことも、言葉を話すこともないんやけど、夜は断片ながら何かを語ってくれたりすることがある。
「ナイタ、ナイタ」
って言うのは
『あなた、泣いたんでしょ』
という意味なんや。
俺がね、落ちこんいる事を見抜いて、指摘してくれたんよね。
もちろんそんなそぶりを見せずに仕事はしていたけど、人生を何十年も生きてきた先達には、お見通し。
下手な演技は通用しない。
でね俺が
「泣いてなんかあらへんよ」
と無理に笑う。
「ウソウソ」
とユメさん。
『嘘ついても私にはわかりますから』
ってことなんやろね。
するとユメさんが細い手で、オイデオイデをする。
俺は顔をそっとユメさんに近づける。
ユメさんは右半身に麻痺があるんで、左手で、俺の頭を優しくなでてくれた。
「ヨシヨシ」
そうささやきながら、ずうっと頭をなでてくれる。
『だいじょうぶだから、安心していいのよ』
と、ユメさんの断片的な言葉の奥から、その気持ちがしっかり伝わってきた。
どんなつらいことでも、いくらしんどいことでも、それまで仕事で涙なんか見せたことがなかった俺なんやけど、この時はドワーッと涙があふれそうになったよ。
ありがたくてありがたくて。
ユメさん、寝たきりの身でありながら、俺を思いやってくれるその気持ちが、本当に嬉しくてね。
さすがに、利用者さんの前で泣くわけにいかないから、必死に耐えたけど・・・
「ユメさんありがとうね。元気がまたモリモリ出てきたわ」
ユメさんの手を握って、俺はニッコリ笑った。
こんどは作り笑いやなくて、本物の笑顔になれてん。
ユメさんも目を細めて、嬉しそうな表情をしてくれた。
その時俺は感じたんや。
こんないたらない俺でも、必要としてくれる人がいる。
いつも待ってくれている人がいる。
もう一度立ち上がろうと。
介護って、人様のお世話をさせていただくことが仕事。
一方でまた介護士も、利用者さんから、勇気づけられ、教えられ、力をもらっている存在である。
誰かに必要とされている時、そのことを心と体で実感できた時、また再び歩いていこうと立ち上がることができる。
そしてユメさんのように、自分がどんな境遇や立場にあったとしても、誰かを思いやり、励まし、勇気づけたりできる力があるものなんやと。
人は誰もが、弱さに苛まれている存在なんだと思う。
でもその弱さをしっかり見つめることができた時に、奥底に眠っていた力にも気づくことができる。
そんなことを、ユメさんから学ばせてもらえた。
忘れられない思い出だ。
コメント
2017/09/05 6:43
2. おはようございます、ウルウルしました…![[泣き顔]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_cry.gif)
認知症ってただ単に呆けてると言う訳ではないんですね。
暖かく見守ってくれてるんですね…
返コメ
2017/09/05 6:21
1. ワサビを入れすぎたウニ丼!、ぐっと来たぜ~、
私も病院の事務やった事があり、人は年齢を重ねると、本当に悟りを開くみたいな所があり、迷える人に道を示してくれるね、例え認知症の人でも、認知症だから欲とか迷いって無いかもね、周りから見たらかわいそうだけど、本人は幸せですよね。
返コメ