人生の達人に究極の質問をしたら、ステキな答えが返ってきた
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あなたはこんな疑問を考えたことがあるだろうか。
「自分という存在はいったいなんだろうか?」
今ここにいる自分は、もしかしたら幻かもしれない。
本当は死期を迎えた今わの際で、昔の風景を走馬灯のごとく思い返しているのかもしれない。
はたまた、本当はまだ子供で、夢の中で大人になった情景を見ているだけなのかもしれない。
わては昔から直感だけを頼りに生きているところがあって、理屈っぽいことは苦手だ。
(その直感も大外れすることが多く、何ども失敗してきたが・・・)
一方で時おり、深遠な哲学的な疑問にとらわれることがある。
「人は何のために生まれてきたのか」
「死んだあと人間はどうなるのか」
などの難問が頭の中をグルグル回りだす。
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哲学者のデカルトは、世の中の真理を知るために、ありとあらゆるものを否定していった。
そうしてすべてのものを否定した結果、
「どうしても否定しきれない一つのモノが残った」
それは何もかも否定しながらも思索している「自分という存在」
それだけが否定しきれないモノとして残ったのだ。
そこから生まれたのがデカルトの有名な言葉
「我(われ)思う ゆえに我あり」
だ。
考えることができる、それが自分という存在を認識できる証拠なのだと。
デカルトに異論をはさむわけではないが、本当にそれは正しいのだろうか?
もしかしたら自分という存在は、誰かのやっているゲームのキャラクターかもしれない。
あるいは誰かの見ている夢の中の登場人物かもしれない。
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介護施設には、100年、1世紀という時間を生きてきた、人生の達人と呼べる先輩がいらっしゃる。
そんな中の一人、仮にここではタツさんと呼ばせていただくが、超熟女のお姉さまに疑問をぶつけてみた。
「タツさん、教えてもらいたいことがあるんやけど」
「どないしましてん、そないあらたまって」
ヤクルトをストローでちゅーちゅー飲みながら、タツさんはわてを見る。
「人はなんでこの世に生まれてきたんやろか?」
するとタツさん、目をパチクリさせ
「さあ~、そんな100年も昔のことよう覚えてへんわ」
なるほど、そりゃそうだ。
続けて質問してみる。
「人は亡くなったらその先はどうなるんやろ」
「さあ~、そんな先のことは誰もわからんわなあ」
シンプルにして明快な答え。
思わず
「なるほど」
とうなずいてしまったやん。
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「そんな昔や先のことより、今晩のおかずは、どんなおいしいもんをいただけるんやろか、うちはそっちの方が気になるけどねえ」
そういってタツさんは、深いシワの刻まれた魅力的な笑顔を見せる。
「あなたも若いんやから、そんな小難しいこと考えてんと、彼女でも作ってデートしてきなさいな」
言っておくがわては世間的に「若い」と言われる年齢ではない。
かなりのオッサンである。
でも100歳のお姉さまから見たら、ただの鼻たれ小僧でしかない。
いつぞや70代の利用者さんがタツさんから
「最近の若いもんはいくじがないねえ」
と叱られていたことがあった。
70代でも「若いもん」とされてしまう。
それが100年を生き抜いてきた人の年輪の重みである。
「でもねタツさん、彼女を作ることが最大の難問かもしれへんわ」
わてがそう言うと。
「まあ、意気地のないこと言うてから。うちが10年若かったら、お嫁に行ってあげるんやけどね」
頬を染めてフフフとほほ笑む。
「10年前ってタツさん90歳・・・」
「なんか文句ありますんかい」
タツさんはわてをグイっとにらむ。
「いえいえめっそうもない。ありがたいお言葉です」
その後また二人で声をあげて笑った。
やっぱり人生の達人と会話をすると、勇気とか元気をもらえるわ。
いろいろなことを学ばせてもらえる。
最高やね。
人は幻想なんかではなく、血の通う生身の存在であることを確信できる瞬間だ。
鼻たれ小僧、まだまだ張り切っていかんとあかんな。
コメント
2018/08/07 8:48
3. ガロンちゃん♪
お早うさん(*^^*)
久し振りです。
私も思った事があるな('';)
自分の存在ってなんだろうって(^^;)
返コメ
2018/08/07 8:01
2. >>1
もも
さん
おはようsummer(#^.^#)
そない言いうてもらえたら、こちらも嬉しい限り。
おおきに!
いろいろな日記があるけど、中傷とか炎上目的とか、ああいうのだけはあかんね。
閲覧稼ぎで狙ってやる連中もいるけど、そんなものに何も意味はない。
今日も明るく楽しくいこう(^^)/
返コメ
2018/08/07 6:56
1. おはよございます!朝からステキな日記を読めて心洗われました!やはり日記はこんなステキな日記でないと読むに値しないと納得しました!良い日記ありがとうございます
返コメ