半分死んで産まれてきた赤ちゃん
70代以上  大阪府
2018/10/18 5:21
半分死んで産まれてきた赤ちゃん
 
「あなたは、半分死んで産まれてきた赤ちゃんだったのよ」
物心つく頃から、母にそう言われてきた。

半分死ぬ、その意味が幼いころの僕にはさっぱり意味が分からなかった・・・




★ ☆ ★ ☆

後に理解するのだけど、僕は産まれた時にへその緒が首に巻き付いていて、グッタリして母親の胎内から取り出されたらしい。
産声もあげることなく。
救命処置を取られようやく息を吹き返した。

その間の時間、
「一生で一番つらく長い時間だった」
と母は語った。
そして
「一生分の祈りを捧げた」
と。

「半分死んでいた」
という意味には、母の様々な思いがあったことを知る。


そのような出生の反動かどうか、その後の僕は病気知らず医者知らずで育った。




★ ☆ ★ ☆

日本文学史に名を刻む小説家の三島由紀夫は、作品「仮面の告白」で、自分が産湯につかった記憶があると記述していた。
それが本当かどうか知る由もないが、僕は幸いにも出生の記憶は残っていない。

それは忘れ去っただけなのかも知れない。
胎児は、母親の胎内にいながらも外で起きている様々な音を聞いているという研究報告がある。
だから、出生時の記憶が残っていても不思議ではないと思う。



母のくり返して語る出生時の話が記憶に刻まれ、自分の命は
「いただいたもの」
という思いが僕にはずっとあった。

だから子供の頃から「生や死」に対して関心が強く、その手の本をよく読んだものだ。
死とは決して遠い未来の世界ではなく、常に自分の隣り合わせにある感覚、それが誰よりも強かった。




★ ☆ ★ ☆

先日新しい保険証が交付された。
保険証には、脳死や心臓死の状態になった時の臓器提供の意志を示す欄がある。
脳死の場合、心臓死の場合、提供する臓器の種類など、細かく指定できるようになっている。


以前はずっと無記入だったけど、何年か前から提供を希望することを記入するようになった。
僕はこれまで献血を100回以上行い、現在は髪の毛をヘアドネーションで寄付するため伸ばしている。
ただ臓器の場合、血液や髪の毛とは違う感覚があるから、簡単には決められずにいた。

でも、自分が亡きあとにも
「何か人様のお役にたつなら」
との思いで提供を決めた。




★ ☆ ★ ☆

そもそも脳死は人の死かどうか、これは意見が大きく分かれるところだ。
脳が回復不可能な損傷を受けていて、心臓は動いていて呼吸もしている状態。
それを「死」と呼べるのか、それを受け入れられるのか。
これは難しくデリケートな問題だ。


脳は身体のトップにあり
「人の心は脳の活動から生まれる」
という考え方がある。
でも歴史をさかのぼると、古代では人体の中心は心臓にあった。

心臓を英語で「ハート」と呼ぶ。
ハートには「心臓」のほかに「心」の意味もある。
古代人はそこに人間の源が宿っていると考えていたらしい。

不思議な話だが、心臓移植を受けた人の性格が元の持ち主の性格のように変わったという報告もある。

最新の研究では、脳以外の様々な臓器も血流やホルモンやの増減に関わるシグナルを発していることが分かっている。

脳だけではなく、人体の臓器のネットワークが「思考」しているわけだ。


こう考えると、人の心っていうのは、髪の毛から足の爪先すべてに宿っていると言ってもいいかもしれない。




★ ☆ ★ ☆

父と母を充分な中でおくってやれなかった後悔が、今も僕にはある。
おかしな話だけど、人は誰もが死ぬって頭では理解はしていても、自分の家族に対してはその手の話は「縁起が悪い」と避けてきた。
でもこれは間違いだ。
ちゃんと語っておくべきだった。


死とは何か、これに対して誰も明確な答えは出せないだろう。
死ですべてが終わりなのか、死の先に何があるのか、これも誰にも分からない。

僕は宗教をやってはいないが、魂とか霊魂とかいうものの存在は信じている。
だから何十年かして僕が向こうの世界へ行ったとき、また両親に会えると信じている。
それは救いであり心の拠り所になっている。



一つ確実に言えるのは
「生きている時間は有限だ」
ということ。

その期限ある時間の中で、人は笑ったり怒ったり泣いたりする。

そしていつどのような形になるかは予測できないけれど、誰にも終わりの日はやってくる。
だから自分の死や家族の死に対して、普段からちゃんと向き合い考えておくことが必要だ。


そして限りある時間なら
「笑顔で過ごせる日を一日でも多く持ちたいな」
と願っている。
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コメント

70代以上  大阪府

2018/10/18 7:48

11.  >>9 仲田さん
おはよう。

そうやよね。
昨日涙した日であっても、今日はまた違う日。
昨日の涙は引きずらず今日は笑顔で迎えたい。
(*^-^*)

細胞が新陳代謝するように、心も新陳代謝していかないとあかんな。

昨日滑ったギャグは、ズルズル引きずって生きているけど(笑)
アカンガナ・・・

70代以上  大阪府

2018/10/18 7:45

10.  >>8 夢の引用~さん
おはよう( ^^) _U~~

あ、似たような体験していたのだね。
お産って、これは男にはどう逆立ちしてもできない体験だよね。
それだけに母への感謝はつきないです。

「生まれた時から死に向かって生存している」
まったくその通りやね。
誰もが「死」を背負って生きていると言っても過言ではない。

当たり前の毎日が、とても尊い日々だとつい忘れがちになるのを俺も反省しました。
今日と言う日は、生涯ただ一回なんだと。

70代以上  新潟県

2018/10/18 7:40

9. 
昨日より
今日の方が
笑顔になる様に

自分自身 笑顔で
頑張りませう!

70代以上  愛知県

2018/10/18 7:19

8. 御早う御座います。
私も首にヘソの尾が回りて産まれたとの実母からの伝言でした。
その上逆児だったと云うこと。
とても大変な状態であったと推察できる。

生命あるものは皆生まれた時から死に
向かって生存しているという機会を貴方日記から知る事に成りました。
何気ない日々の変化を確り受け止めて活きたい。

70代以上  大阪府

2018/10/18 7:03

7.  >>6 聴き処 こころさん
おはようさん(#^^#)

実は俺もよくわかっていないんよ。
今健康だからこういう思いだって言えるけど、たとえばね重篤な病気にかかったら、また考え方が変わると思うねん。
その時になると、恐怖っていうものも強く感じるのかもね。

そうだね、やりたいことがもうできなくなる怖さ、それはあるね。
そう考えたら、生きているうちに悔いのない生活をしたいな。
ムダにはできないな。

と言いつつ、休日は酒飲んでダラダラしているんやけど(笑)

50代半ば  静岡県

2018/10/18 6:46

6. おはようございます

死に対する恐怖って
あまりよく分からないのですが
やりたいことがたくさんあるのに
出来ない恐怖
みたいなものですかね?(^^;

人間として様々な経験をつむため生まれてきて
私たちは一日が一生ぶんの経験して
毎日送っているのだそうです

自分の人生を
自分なりに楽しくまっとうしたら
なんだか分からない恐怖も
無くなるように思えます(*´-`)

70代以上  大阪府

2018/10/18 5:58

5.  >>3 ゆぅりさん
お褒めをちょうだいし、ありがとうございます。

すべてに輸血できる技術、それは素晴らしい!
医学や科学の進歩は目を見張り、昔では救えなかった命が今は救える。
これは素敵です。

命って繋がっているんよね、ずっと。
だから死とは忌むものではなく、「生きていた」その裏返しでもあるんやなって思うねん。
命の大元っていうものが、きっとあるはず。
(*‘∀‘)

70代以上  大阪府

2018/10/18 5:53

4.  >>2 ニコラス刑事。さん
ありがとう。
ですよね、本当に感謝しかないです。

一つの命が誕生する現場では、消えていく命もある。
それを思うと、今の自分は「生かされた」と思うしかない。

自分は家族はいないから、献体を考えています。
少しでも役立つ部分があるなら、使ってほしい。

50代前半  北海道(道央)

2018/10/18 5:45

3. 素晴らしい日記だと思います…[にこにこ]

血液型については、最近発表されましたが、
全ての方に輸血出来る、O型にする技術があるそうです。
私も見てしまってますから、幽霊とか魂、輪廻転生を信じてますから、
怖くないです[にこにこ]

失礼しましたm(_ _)m

60代半ば  東京都

2018/10/18 5:44

2. お母ちゃんに
感謝
必死さが伝わります

祈り

生きて

私も なき母に感謝しています

献血は
35年で 35回位です
ドナーカードは

三枚書いて 一枚は
免許証と一緒に

献体と書いています

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