一年に一度この季節に書く、思い出の日記
今年も残り3週間。
毎年この時期にアップする大切な日記があります。
一年に一度だけ。
毎年、思い出をたぐり寄せるように、少しずつ書き足したり書き直したりしながら育てている日記。
2010年から、もう8年間にわたって行っている、ワクワクでの年中行事にあたります。
この日記をアップすることが、一年のくびれになる・・・
おっと、くびれやなくて「くぎり」ね(笑)
嬉しいことにこの日記を
「今年はまだですか」
と楽しみにしてくださっている方々もいます。
今年も読んでいただき、ありがとうございます。
【昆布茶の思い出】
食べ物に好き嫌いのない事が、僕の自慢だ。
ところがただ一つ苦手なものがあった。
それが昆布茶だ。
昆布自体は嫌いではない。
でも粉にして飲むとツンとくる酸味が苦手だった。
それとはぎゃくに、僕の父と母は昆布茶が好きで、たまに二人差し向かいでお茶をすすっていたものだ。
昔ながらの夫婦で、普段はいっしょに何かをする、ということもない二人だったが、昆布茶を飲んでいる時は、とても和やかな雰囲気だった。
その光景を真っ先に思い出す。
「おまえも飲まないか」
父にそう声をかけられると、僕はいつも何も答えず逃げだした。
昆布茶以上に、無骨で堅物な父が、子供の頃から苦手だったからだ。
大正生まれの父は、僕とは40数年も歳が離れていた。
当時は、友達の「若いお父さん」がうらやましくてしかたなかった。
今考えたら、父との距離感みたいなものがうまくとれなかった気がする。
母が旅立ち、それを追うように父も旅立った。
それからもうかなりの年月がたつ。
「あの頃、親子一緒に昆布茶を飲めばよかったなぁ」
との心残りが、今も澱のようどこかにある。
人は誰かを失ったとき思い返されるのは、ともすれば楽しかったイベントよりも、一見ささやかに思えることへの後ろめたさだったりする。
そしてそれは、激しい後悔よりもさらに胸に疼いたりするものだ。
それが僕にとっての昆布茶だ。
苦労をかけた母。
疎遠になり死に目にも会えなかった父。
申し訳のない気持ちが今も消えない。
いつしか年に一度だけ、僕は昆布茶を飲むようになっていた。
湯飲み3杯に昆布茶をいれる。
2杯はおやじとおふくろのため、残りの1杯は僕が飲む。
供養とかの意味合いでもないから、祈りを捧げたりするわけではない。
ただ、親子三人でお茶を飲み、還らぬ日を懐かしみたいだけ。
「親子三人のお茶会」
それだけ。
苦手なはずの昆布茶が、なぜかこの時だけは甘くするりと喉を通っていく。
不思議な事に、懐かしい味わいが全身に伝わっていく。
飲み慣れてないのに「懐かしい」という表現は、おかしな話だが。
その時父と母の気配を、まじまじと感じる。
間違いなく二人が、僕の前に帰ってきている。
もちろん目には見えないし、声も聞こえないけど、懐かしい父と母のぬくもりを近くに感じる。
「人が亡くなるとは、どこか遠くへ去っていくことではない。物理的な存在ではなくなったとしても、生前と変わらずいつも自分のそばにいる」
僕はそう信じている。
「死とは終わりを意味するものではなく、その人の思い出を永遠にすることだ」
そう考えている。
僕から、何かを語りかけたりはしない。
もちろん二人からの声も聞こえない。
二人の姿を思い、ゆっくり時間をかけ、昆布茶をすするだけ。
おやじとおふくろのお茶をすする音も聞こえる・・・気がする。
親子三人の静謐な時間。
穏やかなひととき。
静かに、ゆっくりと流れていく。
過去と現在との境目が溶けて、時間の感覚が消え、いつしか僕は子供の頃にかえっている。
手にした湯のみのぬくもりは、父と母のあたたかさのようだ。
僕がお茶を飲み干す頃には、残りの2杯もすっかり冷めきっている。
それと共に、父と母の気配もすうっと消えていく。
ささやかな幸せの日々を感謝しながら、今年も親子三人のお茶会は幕を閉じた。
平成最後のお茶会。
「お父ちゃんお母ちゃん、いつもありがとう」