顔を焼かれて奪われた、傷痍軍人さん
70代以上  大阪府
2023/08/13 6:12
顔を焼かれて奪われた、傷痍軍人さん
★ ☆ ★ ☆

前回の日記「父は銃を手にした」に続き、お盆ということで、今回も父と戦争の話をアップします

この日記も、以前ワクワクで書いたものを再編集したものです

平和への祈りとともに、過ぎ去りし昔を偲びながら
(今回もコメント欄は閉じさせていただきます)




★ ☆ ★ ☆

うだるように暑く、蝉の声が青い空に響き渡っていた夏
僕は小学生だった

「映画でも観にいくか」
父が誘ってくれた

僕は無口で武骨な父が苦手だった

父は四十代で結婚をした
たから、同級生の父親より年齢が一回りも二回りも離れている
そんな「年寄りの父」が、子供心にカッコ悪く、友達の若いお父さんがうらやましかった

だから映画に誘われても、嬉しさより気まずさを覚える




★ ☆ ★ ☆

大阪のはずれにある僕の住む町は、町工場と貧乏長屋がひしめいている
もちろんうちもそのひとつだ

砂利道、汲み取り式のボットン便所
木の電柱や円柱型の郵便ポストが並ぶ、そんな風景があった


バスに揺られ映画館のある隣町へ

そこは舗装された道路で、コンクリート製の電柱がたち並んでいる
何キロか離れただけで、見える景色がまったく違っていた




★ ☆ ★ ☆

映画館の前で、汗と脂で汚れた白装束の男性が座っていた
甘く物悲しい曲調をハーモニカで奏でている

その人は片足が無く、顔には紫色の大きな火傷の痕があり歪んでいた
申し訳ないがその時の僕は、怖くなって怯えてしまった


戦争で傷ついた元軍人が生活の糧のため、町なかで楽器を演奏している姿を見る事があった
「傷痍軍人(しょういぐんじん)」
と呼ばれた人たちだ


父は足を止め、じっとその軍人さんを見つめていた

「早く映画を観ようよ」
僕はせかす

父はつかつかとその人へ近づき
「おい〇〇じゃないのか!?」
名前を呼んだ

驚いた軍人さんはハーモニカの演奏を止め、父を見た




★ ☆ ★ ☆

しばらくの間、二人は無言で見つめあっていた

お互いに手をとりあい
「苦労したな」
「貴様もな」
声をかけあう

父と軍人さんの頬に涙がつたう

ポケットから財布を取り出した父は、そのまま軍人さんへ差し出す
「少ないがこれで何か食べてくれ」

軍人さんは震える手で財布を受け取ると、静かに頭をさげる




★ ☆ ★ ☆

「行こか」
しばらくして父は僕の手を引いた

「ねえねえ、あの人は誰なん?」
僕は父に尋ねる

「同じ部隊の戦友だ」
ぽつりと父は答え、それ以上は口にしなかった

赤紙一枚で徴兵された父は、戦時中の話をほとんどしたことがない
タンスの奥にしまった勲章を時おり取り出して、寂しそうな表情で眺めていることがあった


戦争で、父やあの傷痍軍人さんがどれほど苦労したか、僕には想像することさえできない


けっきょく財布をすべて渡したから、映画を観る事は叶わなかった

「嘘つき、お父ちゃんの嘘つき!」
泣きながら私は父をなじった

父は困った顔をし、ズボンのポケットをまさぐる
10円玉が一枚見つかったが、それではバスにも乗れない

父は苦笑した




★ ☆ ★ ☆

じりじり太陽が照り付ける焼けた道を二人は歩く

「疲れたよう、もう歩かれへん」
僕は座り込んだ

本当に疲れていたというより、だだをこね構ってほしかったのだろう

「喉が渇いたよう、ジュースが飲みたい」
僕はぐずる

父は10円で、駄菓子屋で粉末ジュースを買ってくれた
そこのおばちゃんにコップを借り、水道水で粉末を溶かす

生ぬるい飲み物を僕は喉へ流し込んだ




★ ☆ ★ ☆

父は僕を背負い、何キロかの帰り道を歩いた
無言だったけど、一歩一歩確かな足の運びで

痩せてはいるが、父の背中の逞しさを僕は感じていた
汗がぐっしょりとにじんでいた


父が没して長い時がたつ

でもあの日、父の背中で嗅いだ汗のにおい
それは今でも懐かしさをともない、僕の記憶にクッキリ刻まれている
コメント不可

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