父と傷痍軍人の思い出
70代以上  大阪府
2015/08/06 7:36
父と傷痍軍人の思い出
その年の夏も暑く、蝉の声が青い空に響き渡っていた。


私は小学校三年生だった。

「怪獣映画でも観にいこうか」
珍しく父が私を誘う。

私は父が苦手だった。
大正生まれの父は四十代で結婚をしたから、同級生の父親より年齢が一回りも二回りも離れていて、そんな「年寄りの父」が、子供だった私には、かっこ悪い存在であった。

父は、無口で武骨な人だった。
生き方が下手で、人付き合いの苦手な人でもあった。

だから
「映画にいこう」
と言われても、嬉しさより気まずさを私は覚える。




昭和四十年代、高度経済成長時代と呼ばれていたが、大阪の一画にある私の住む町は貧乏長屋がひしめき(私の家もそのひとつ)、道路は砂利道、木の電柱や円柱型の郵便ポストが並ぶ、そんな風景があった。

バスに揺られてとなり町へ。

そこはコンクリート製の電柱がたち、ポストも四角い最新型。
それだけで、随分と開けた感じが漂っていた。

映画館の前に、汗と脂で汚れた白衣を着たひとりの傷痍軍人さんがハーモニカを吹いていた。
甘く切ない曲調だった。

その人は片足は義足、顔には紫色の火傷の痕がある。

子供だった私には怖いものに見え、身震いをした。



その当時、戦争で傷ついた元軍人が生活の糧を得るため、町なかで楽器を演奏している姿を見る事があった。
「傷痍軍人(しょういぐんじん)」
と呼ばれた人たちだ。

中にはインチキな傷痍軍人もいたそうだが、それはこの日記とは関係のない事だから触れない。




父は足を止めその元軍人さんを見つめていた。

「お父ちゃん、早く映画を見ようよ」
私はせかすが、父は微動だにしない。

父はつかつかと傷痍軍人へ近づいた。
「おい〇〇じゃないのか!?」
名前を呼んだ。

驚いた軍人さんはハーモニカの演奏を止めた。


しばし二人は見つめあう。


父と軍人さんの頬に涙がつたった。


お互いに手をとりあい
「苦労したな」
「貴様もな」
声をかけあう。


私には意味がわからず、茫然とするだけだ。


父はズボンのポケットから財布を取り出し、それごと軍人さんへ差し出した。
「少ないがこれで何か食ってくれ」

軍人さんは静かに頭をさげた。




しばらくして父と私はその場を離れる。

「ねえねえ、あの人は誰なん?」
私が尋ねると
「同じ部隊にいた戦友だ」
ぽつりと父は答え、それ以上は口にしなかった。

当時の多くの若者と同じ徴兵された父は、戦時中の話をほとんど私にしたことがない。
タンスの奥にしまった勲章を時おり取り出しては、寂しそうな表情で眺めている事はあったが…



けっきょく財布をすべて渡したから映画を観る事は叶わず
「嘘つき、お父ちゃんの嘘つき!」
泣きながら私は父をなじった。

父はズボンのポケットをまさぐった。
10円玉が一枚見つかったがそれではバスにも乗れない。
父は苦笑した。

タクシーを拾ったが、父が後払いを頼むと走り去ってしまった。



太陽が照り付ける焼けた道を私たちは歩いた。

「疲れたよう、もう歩かれへん」
私は座り込む。
本当は疲れていたわけではなく、単に父を困らせたかっただけだった。

「喉が渇いたよう、ジュースが飲みたい」
ひたすら私はぐずる。

父は10円で、そばにあった駄菓子屋で粉末ジュースを買った。
駄菓子屋のおばちゃんにコップを借り、水で粉末を溶かす。

生ぬるく水くさい飲み物を私は喉へ流し込む。
喉の渇きは癒えず、私の心も晴れなかった。

父は私を背負い、何キロかの帰り道を歩いた。
痩せた、でも逞しい父の背中に汗が多量ににじんでいた。



今思えば父の苦労や優しさに思いを寄せられなかった私は愚かものである。
言葉にできない苦労を、父は、そしてあの傷痍軍人さんは味わったのだ。
祖国や家族のために命をかけて戦った。


そんな父もこの世を去りもう10年以上になる。
私も今あの頃の父と同じくらいの年齢となった。
到底父の存在には追いつけないままだ。


生前苦手だった父を、今私は誰より誇りに感じている。




今年は戦後七十年をむかえる。
私はもちろん戦争を知らない。
だけど、今私たちが享受している平和は数多くの尊い犠牲と苦労の上に成り立っていること。
これだけは忘れてはならないと思う。



父が戦時中を過ごした夏。
私が幼かった頃のあの夏。
そして今年もまた暑い夏。

夏はずっと繋がりあっている。

昔も今も、そして未来へと。




長い日記を読んでいただき感謝します。


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コメント

70代以上  大阪府

2015/08/06 9:02

2.  >>1 ゆぅさん
おはようさん。

振り返ってみれば、懐かしくてほろ苦い思い出が積み重なっている。
人は過去をやりなおせないけど、過去の意味を再構築できる、そう信じたい。

父の背中は、やはり大きなイメージだよね[クローバー]

ゆぅ[退]
70代以上  大分県

2015/08/06 8:55

1. 
おはようございます[晴れ]

今は亡きお父様との思い出…
小さい頃は大人の事情は分かりませんよね。
大人になって、親と同じ年齢になって初めて分かる事ばかり。

先日亡くなった父親の大人の事情は、後から追いかけてる私がその年齢にならないとわかんない。

父親の年齢は止まってしまったから…いつか、追い越す予定。

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