愛とエゴ、その領域をこえて(幼い子供に教えられたあの日)
何年か前の話、今も強く心に刻まれている話をしてみたい。
親戚筋のAさんの認知症が進行し食事をとる事が困難になって、何度も誤嚥下性肺炎に苦しめられてきたため、胃ろうを増設する事になった。
胃ろうとは、胃にチューブを通してそこから栄養物や薬品を流しこむものだ。
Aさんの娘さんはかなり落ち込んでいた。
「母がここまで衰えてしまって見るにしのびない」
そう嘆いていた。
そこへ小学校低学年のお孫さんBちゃんが、こんな事を言った。
おばあちゃんが衰えてしまったという発言が悔しかったのだろう。
落ちこんでいるお母さんを慰めたい気持ちもあったのだろう。
「おばあちゃんて凄いね。お腹でご飯が食べれるんだよ」
これを聞いたAさんの娘さんが
「何言ってんのよ」
とたしなめた後、暗く沈んだ表情が少し和んだ感じになった。
このやり取りを聞いた俺はBちゃんに対して
「子供の発想は凄いな」
と感心したんや。
介護士はどうしても、ADL(日常の生活動作)がおちると
「○○ができなくなった」
的なマイナスなポイントとして見てしまう傾向がある。
食べる、歩く、排泄する・・・
それらができるできないは、ケアプランや介護認定にも反映されるわけで、職業柄あながち間違った感覚でもない。
しかしその反面
「まだ○○ができる」
と言う大切な視点を見失いがちになる。
当たり前の話だが、誰もが自分の足で歩き、口から食べ物を食べ、人の手を借りずに排泄したいと願う。
だけど年老いたり病気や事故で、その当たり前が当たり前でなくなった時、世界は大きく変わってしまう。
それは悲しい事であり、直視するにはつらい現実でもある。
Aさんのお孫さんBちゃんにしても、大好きなおばあちゃんが口から食べ物を食べられなくなったのは、ショックに違いないと思う。
でもBちゃんにとっては姿は多少変わっても
「大好きなおばあちゃん」
には何ら変わりはないのだ。
「お腹でご飯が食べれるんだよ」
Bちゃんの、おばあちゃんに対してマイナスではなく、新たな可能性をそこに付加してあげられるまなざし。
そこに俺は深い愛情を感じた。
何も知らない無邪気な子供の発想。
そんな風には俺には切り捨てられない。
もちろん胃ろうは本人にとっても、家族にとってもつらい選択である。
介助量も増え費用もかかる。
『胃ろうにしてまで生かす意味があるのか』
みたいな批判も時にはある。
家族の選択が愛なのかエゴなのか。
何が正しいか間違っているか。
俺には分からない。
いや、そこに唯一絶対の正解があるのかさえ疑問だ。
ただね、そのような問題とは別に、Bちゃんのおばあちゃんに対する変わらぬ愛情。
優しくてあたたかい思い。
それは介護士の自分も決して忘れてはならない視点だ。
それを幼いBちゃんに教えられた。
コメント
2015/11/03 8:35
48. >>46 Barbieさん
自分の母親も最後は正常な判断ができなくなりました。
その時はそれを受け入れられなくて。
何が正解か間違いか、それは誰にも決められないと思うんです。
自分は介護士であり、日々認知症の人と関わる中でやはり模索しています。
返コメ
2015/11/03 8:29
47. >>43 マリさん
おはよう。
大人になっていくと知識や常識が増え、客観的な判断ができるようになっていくけど、必ずしもそれが最良の選択かどうかはまた別だよね。
子供の視点や言葉から気づきをもらう事も多々あるもんね
返コメ
2015/11/03 8:28
46. 私の母も認知症になってしまいました
私は人間ができていないので 母の老いをただただ嘆くばかりです
返コメ
2015/11/03 8:25
45. >>42 ちゅろ
じゅん〓さん
そうなんよ。
延命措置については元気なうちに意思を残しておく事が大切で、そのシステムは広がりつつあると言ってもまだ不十分。
残された家族が決定しなければいけない、その苦痛は計り知れないと考える。
返コメ
2015/11/03 8:22
44. >>41 ∮SAYA∮さん
おはよう。
仕事で普段に見られる視点が、突きつけられた現実に、自分の身内だと客観的に見られない見たくない気持ちがよく分かるなあ。
人は老いていく。
その現実をどう受け止めていけるのか、俺も確実な自信がないんよ。
返コメ
2015/11/03 6:22
43. ガロンさん、おはようございます![[ほっとした顔]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_relief.gif)
子供って「いつか必ず元気になる!」という思いが強いですよね…大人達がこれ以上悪くならないと良いと思っていても。希望いっぱいの見方にこちらが勇気づけられてしまいます。
返コメ
2015/11/03 1:14
42. 家族の選択本人は選択不可であるわけで、医療が発展していろんな選択枠が出来るからこそ、正常な判断力ある内に、どうして欲しいの意志を記述しておく必要性が出て来る。そのうち患者さんの苦痛とかわかる時代脳波とかで?出れば本人の苦痛が分かるがな。本人が生きていて幸せかを取りたいです。
返コメ
2015/11/03 0:36
41. こんばんは♪
私の母は認知症でこの2~3日前からとうとうオムツの世話になるようになりました。
母のおもらし…ショックでした。自分の母は認知症なんてならないって看護師を長くやってた私が思ってるなんておかしいですよね。
でも母はまだ軽い方なんですよね。大変な方がいっぱいいらっしゃるのに恥ずかしい限りです。
返コメ
2015/11/02 23:37
40. >>39 めみさん
正解も間違いも、無いと思うんです。
自分の母親が最後に意識を失った時もやはり医者から延命措置の選択を迫られ、拒否しました。
それが正しいのか過ちなのか、今も分からない…
正解が無いからこそ、そこに人の数だけの愛情があるのかな、そう考えているんです。
返コメ
2015/11/02 21:07
39.
こんばんは。
私の義父が癌の末期で胃ろうを…と
担当医に進められましたが
余命幾ばくもないなら体に傷をつけずにと云う義母の考えで胃ろうはしませんでした。
亡くなった今では義母も胃ろうを選択肢に入れるべきだったかも?と話しておりますが
難しい選択かもですね。
確かに賛否両論ありました。
私だったら胃ろうで長生きさせて貰いたいだろうか?
子供の負担にならないようにしたいな…とか
やはり考えがまとまりません。
返コメ