自分の未熟さだとか、いたらなさを誰かにさらしてしまう時。
それは惨めで、あるいは滑稽ですらある。
だけどそれは、おのれのあるがままの姿でもあり、偽れない現状でもある。
大切な人を悲しませてしまった時、それを見つめどうとらえて、またどのようにか関わっていけば良いのだろう。
そんな事を考えさせられる時がある。
申し訳ないと胸がしめつけられる。
仕事を終えて帰ろうとする時。
利用者さんが車椅子を一生懸命にこいで俺のそばに。
「また明日も必ず来てやお願いしますね」
そう拝むように哀願される。
ありがたい事だ。
もったいない話だ。
こんな惨めな俺でも、必要としてくれる人がいる。
誰かの手を借りなければ、食べたり排泄をしたり寝返りをうったりさえできない人がいる。
そんな人たちのために、介護士はいる。
奉仕だとか人類愛で動いているわけでもない。
仕事である。
介護の業務を行い、お金をいただく。
それ以上でも、それ以下でもない。
だけど俺は、仕事を通じてたくさんの事を学ばせてもらえた。
逆にたくさんの愛情をいただいた。
だから仕事に対しては、いつも誇りを忘れずにいたい。
不満や苛立ちを感じる事があっても、自分の立ち位置を見失いたくはない。
そんな気持ちで毎日をおくりたい。
仕事や私生活で、いろいろな愛情を受け取り、教えられ考えさせられる俺は、幸せ者なんだなと感じる。
普段は、だじゃればかりしか考えていない男なんやけどね(笑)
ありがとう
めりぃ栗のすまし汁