誰かのために何をすればいいのか
今回の大地震に被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。
俺も、20年前の阪神淡路大震災の体験が蘇ってきた。
大阪は兵庫と違って大きな被害はなかったものの、あの未明の大きな揺れの生々しい恐怖は、記憶の中に残っている。
だから今回の大地震も人ごとではない。
報道番組をみていて、胸が激しく痛む。
「何か人の役に立ちたい」
と声をあげる人もたくさんいて、これはとても素晴らしいことだ。
一方で
「何もできない」
「何をしていいかわからない」
と途方にくれる人もいる。
そんな人たちに俺が言いたいのは
「今の気持ちをずっと忘れないでほしい」
前々回の日記で俺は、献血を30数年間やっているという話を書いた。
あの阪神淡路大震災の後、いつもは閑散としている献血所に行列ができて、何時間か待ちの状態になっていて驚いた。
「何かしなければ」
その気持ちが人を動かしたのだろう。
しかし血液は保存期間に限度がある。
一時的に大量に集められた善意の血液も、余ってしまえば廃棄されてしまうのだ。
正直
「もったいない」
と感じた。
一時的に熱くなった思いも、やがては忘れさられるとしたら悲しいことだ。
支援には今すぐやらなければならないことがある。
救助、医療、飲み水や食料の確保などなど。
それとは別に、この先になって必要となってくる支援や、定期的にずっと必要とされる支援もある。
だから今
「何もできない」
「何をやっていいかわからない」
という人は、どうかその優しい気持ちを胸に刻んでほしい。
できないのに今無理に何かをやる必要はない。
でもこの先いつか必ず、どんな形になるかはわからなくても、あなたの力が必要とされる時がくる。
それは直接でなく間接的でも、日常のささやかな行為であっても。
必ず誰かの役にたつことがある。
「誰かを思いやり誰かの力となる」
その気持ちを俺自身、一時的ではなくこの先もずっと忘れずにいたいと思う。
コメント
2016/04/18 19:59
60. >>55 美貴さん
いわゆる震災関連死の問題だね。
どうしても表だって取り上げられないけど、これもまた気をつけないといけない問題だ。
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2016/04/18 19:45
59. 東京の、熊本のアンテナショップに行列が出来、沢山の商品を買い込み『少しでも熊本の方の力になれば!』と、その上募金…とニュースで観ました。本当に有難いです。でも、金銭や物じゃなくてもいいんです。気に掛けてもらえる気持ち、言葉…被災者の私達にとっては大きな励みになります。私の住む地区は震度6強とかなり揺れましたが有難いことにほとんど被害がありませんでした。ただ水道が止まってるので毎日行列に並んで水を汲みに行ってます。
気持ちが落ち込む中、テレビで温かい言葉を聞くと本当に励みになります!有難いです!
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2016/04/18 17:55
58. で、ガロンさんは熊本支援になにをなされるのでしょうか?
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2016/04/18 14:53
57. どんな時も優しい気持ちが一番の支援、励ましになるよね。
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2016/04/18 12:47
55. >>53 ガロンさん
仮設住宅からの孤独死も、気を付けないとですよね。
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2016/04/18 12:25
54. >>52 さきさん
その考え方は正しいと思う。
いけば何かできるだろうと安易な行動は支障をきたしかねない。
今は募金に協力することが一番賢明な支援やと考える。
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2016/04/18 12:23
53. >>51 美貴さん
そうやねん。
今の高ぶる気持ちがひと月たったらきれいに消えていました、ではあまりにもったいない。
この先を見据えていかないと。
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2016/04/18 10:53
52. ほんと。そう思ってます。
同じ九州、熊本まで 約、2時間位で行けるから何か足り無いものを集めて、今すぐ持っていってやりたいけど、道路はら寸断さてるし、身体の不自由な私が行っても邪魔2時間なるだけ。せめて、僅かな募金くらいしかでき無いです。
博多もかなりゆれました。怖かった。まだ心配は有ります。年老いた親も心配
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2016/04/18 10:42
51. >>46 ガロンさん
東北も、熊本も1日も早い復興を祈るばかりです。そして、風化されないことを切に願って…
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2016/04/18 9:46
50. >>48 まーちゃん((*´ー`*))さん
うん、日々の幸せに感謝せなあかんと俺も思う。
「困った時はお互い様」の精神。
いつ自分も誰かのお世話になるかも知れない。
だから自分ができる範囲でできる支援をやっていくのは大切やね。
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