お父ちゃんも、人を撃ったことあるん?
毎年この時期、戦争と平和について考えたい、亡き父を偲びたい、その思いを込めてこの日記をあげています。
皆さんに読んでいただければ嬉しく思います。
私が子供の頃は、毎年8月15日にテレビでは
「終戦特別番組」
を朝から夜まで、どの局も放送していた記憶がある。
私が小学校3年生だったか。
終戦の日、父と二人でカルピスを飲みながら、テレビの終戦特番を見ていた。
画面には戦時中の映像が流れている。
私は何も知らず何も考えず、無邪気に父に尋ねた。
「お父ちゃんも、人を撃ったことあるん?」
父は私の問いに、否定も肯定もせず、ただ哀しげな顔を見せた。
初めて見る、父のとても寂しそうな顔だった。
父は40半ばで結婚したから、私とはずいぶん年が離れていた。
同級生の父親より、一回りも二回りも年上で、子供の頃はそんな年寄りな親が恥ずかしくて嫌だった。
友達の若いお父さんが羨ましくて仕方がなかった。
父は物静かな人だった。
生き方が不器用な人でもあった。
私は戦後20年近くたって産まれたから、もちろん戦争を知らない。
父は若かりし頃、当時の多くの若者と同じように徴兵され、戦地(南方)へ赴き、外地で終戦を迎えた。
その頃の苦労を、父はほとんど語りたがらなかった。
タンスの小引き出しには、勲章が仕舞われていた。
父と戦争を結びつける、たった一つの形だった。
父や、当時の男たちは、人を殺めたいために銃を手にしたのではない。
一銭五厘の赤紙と呼ばれる召集令状によって召集され、命を賭けて祖国や家族のために戦ったのだ。
政治や歴史では取り残されてしまいがちな、個人の物語がそこにはある。
戦争を知らず今の平和を享受している我々に、その事をとやかく言う資格のある者は誰もいない。
私は、戦争なんて断固反対する。
だから軽々しく交戦を支持する者を、軽蔑する。
冷戦が崩壊し四半世紀がたつのに、未だに右だ左だのの対立軸で、世界情勢を語る風潮も気にいらない。
ただ、どの立場どの思想や信条であれ、戦争で苦労された人たちを冒涜するような言動や行為は、決して許されない。
「人を撃ったことあるん?」
そう聞いたあの日に帰れるなら、愚かだった私は父に土下座して詫びたい。
自分で自分をぶん殴りたい。
子供だから無知だからと言って、何を口にしても許されるわけではない。
現代の平和は、尊い数多くの方の犠牲の上に成り立っていることを、絶対に忘れてはならない。
戦争を体験した方々、戦火で命を失った人たちはもちろん、戦地へ赴き銃を手に命をかけ散った人も、命からがら帰国した人も、同じくまた犠牲者である。
父が病気で他界してから十何年かが過ぎた。
貧乏な中、身を粉にして家族を養ってくれた父。
父の子としてこの世に生を受けた私は、今何より父を誇りに思う。
「ありがとうございます」
ただその一言を父に捧げたい。
戦後71年目の夏。