神様も忙しいから願いは自分で
50代前半  神奈川県
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神様も忙しいから願いは自分で
快晴で風もなく穏やかな陽気に、「出ておいで」と誘われたというか「行ってこい」と後押しされたというか、遅ればせながら地元の氏神様まで初詣に。
年明け早々の大地震や大事故に、正月気分はすっかり失せてしまい(というか、もともと正月ムードは苦手だけど)、今年の初詣はもういいかなと思っていたものの、特に何の被害にも遭っていない自分たちがいつも通り普通に社会を回していくことで、間接的ながら支援にもなることを思えば、むしろできるだけ景気良く振る舞うことが正解だなと、思い直したもので。

「冨塚八幡宮」という地元の人しか来ないような寂れた小さな神社だけど、すぐ目の前を走る東海道(国道1号)の歩道には、平安時代に源頼義・義家父子によって建立されたと書かれた銘板があり、それなりに歴史のある由緒正しい神社らしい。
境内の裏山にはさらに古い史跡「冨塚古墳」があって、ここ戸塚の地名の由来になったものなのだと。

戸塚というと、江戸時代の東海道の宿場町「戸塚宿」のイメージが強いし、街というか区としてのブランディングも戸塚宿推しではあるものの、鎌倉にも近いことから源氏由来の史跡などもいくつかあったりして、歴史マニア的にはそれなりに見どころのある街なのかなと思う。

もともと参拝者は少ないけれど、正月も5日ともなればさらに少ないようで、自分の他には家族連れがひと組いただけで、それもすぐ帰ってしまい、ほぼ独り占め状態でお詣りできた。

名前が示す通り本殿に祀られてるのは八幡様だけど、境内には他に天神様や稲荷様の小さな祠もあって、ひとつひとつ丁寧にゆっくり回ってみた。
後ろに待たれてるプレッシャーがないから、いくらでもお願いし放題で。

もちろん神様に願い事を叶えてもらおうなどと思っているわけではない。
そもそも神様の存在を信じていないということもあるけれど、あの場で念じる願い事とは神様に向けたものではなく、自分自身に問いかけているものだと理解している。
「俺の願いってなんだっけ?あー、そうか、それな」と。

鳥居をくぐるところから始まる一連の参拝手順は、いかにも形式的でまどろっこしいけれど、それにもきっと意味があって、形が決まっているからこそ余計なことを考えず集中できるし、少し時間をかけて手順を踏む間に気を鎮め、清らかな気持ちで願い事ができるんじゃかと思う。

願い事にしても、神様へのお願いという形を取ることで、自分にとって大切なこと、必要としていることを改めて自覚させるものなのだろう。
あるいは「今年はこれを頑張るぞ!」という宣誓の儀式みたいなものかと。
その願いを叶えるのは、神様でもなければ他の誰でもなく、自分自身しかいないのだから。

「イイ女とイイことできますように!」
精進します(笑)
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