伊勢神宮とアマテラスの不思議!!天皇家って何者??そして日本の起源は??
さて最近ある本を読んでいて~
ちょっと不思議な話があるので日記にしてみようと思う
『伊勢神宮の暗号』ー関裕二ー
って本だけど、日本の歴史が大きく変わる可能性がある話だ
ただ、この方の本は難しいのと可能性が微妙な感じもするので~
私なりに噛み砕き、他の研究者の話もミックスしながら可能性があるところを紹介したい
日本の起源に関わる話だ
伊勢神宮~
昨年の参拝者は内外宮合計で1420万人!!
日本の人口の10%を超える数だ
その伊勢神宮内宮の神様といえば『アマテラス』であるが、最近それが違うという説が有力になりつつある
今の地の伊勢に伊勢神宮が遷宮したのは持統天皇の時代だ
西暦で言うと690年くらい
645年が大化の改新ね~(笑)
それまでは天皇とともにあり、ご神体は宮中にあったが・・
遷宮を繰り返し、だんだんと遠くへ追いやられ、最終的にはヤマトの都から遠く離れた辺境の地『伊勢』に落ち着いた
小説がいうには、それは天皇家にとって祟りの神様だったからだという
天皇家は大和朝廷の大王のことを指すが・・
周囲の強力な豪族の集合体のトップだったと言われている
日本書紀によると、天皇家は日本の天上界の神イザナギの子供であるアマテラスの子孫とされている
天上界にいるアマテラスの孫ニニギが、南九州に天孫降臨して地上に降り立つ
そして~その子孫の神武天皇が東征して大和地方に入り、『大和朝廷』(倭の国)を築いたとある
一方、アマテラスには弟がいて・・
『スサノオ』というが暴れん坊だったらしい
日本書紀によると、スサノオは天上界を追放されて出雲地方に降りてきた
彼はそこでヤマタノオロチを倒し、宝剣をゲット!!
それをアマテラスにプレゼントして、『三種の神器』の一つになる
彼の息子『オオクニヌシ』は多くの国々を支配して、巨大な国家を築き上げた
実際にリアルな話として、出雲には鉄が産出していて、鉄製の武器を持つ巨大な軍事国家だったらしい
また古代神道を広めることで支配領域を広げ、北関東から北九州まで支配していた可能性がある
当然、大和地方もだ
また、朝鮮との貿易も盛んだったらしい
当時朝鮮は新羅、百済、高句麗など国々があって~
北朝鮮の平壌あたりは中国の魏が植民地にしていた
その新羅には丹波地方出身の王族もいるくらい出雲とは交流が深かった
私が思うには、当時の南朝鮮の南部から東部の民族は日本の出雲と同等の民族だと考える
大和朝廷も多くの日本人を送り~また逆に多くの朝鮮人を受け入れている
それは歴史の教科書にも出てくる話だ
出雲は朝鮮との海上ルートを確立していて、朝鮮⇔北九州、朝鮮⇔出雲、朝鮮⇔丹後などである
そして、国内では北九州⇒摂津⇒大和、出雲⇒丹波⇒大和、丹後⇒近江⇒尾張などとルートが出来ていたようだ
これを出雲の一族が支配をしていた
大和地方には大神神社があるが日本最古の神社の一つだ
その神は『オオモノヌシ』と言われているが、それは出雲の『オオクニヌシ』と同一視されている
また、尾張地方の熱田神宮の歴代宮司だった『尾張氏』
この一族の祖先は『天火明命』で、出雲系の神様『天穂日命』と同じ系列と言われている
天火明命は、海部氏(丹後宮津:元伊勢籠神社)、津守氏(摂津:住吉神社)、尾張氏(尾張:熱田神宮)の祖先であり、
有名な物部氏の祖先『ニギハヤ』とも同一人物とされている
ちなみに『天穂日命』は『出雲氏』の祖先である
つまり、端折ると・・・
日本の主要部分は出雲を中心とする王朝が支配していた状態だったのである
先に説明した大和朝廷は、豪族の集合体!!
それは、当然~出雲王朝側の王も参加している
物部だ!!
近年の研究で、物部は古代天皇家そのものとも言われていて~
蘇我家が台頭するまではヤマトを支配していた
それが、聖徳太子など・・
彼も実在が危ぶまれているが、蘇我一族の攻撃で物部は滅んでしまう
同時に出雲王朝も没落する
天皇家の血筋は蘇我家になる
蘇我家は渡来人で、南朝鮮から来たと言われている
日本の『氏』の祖先は神から来るが、蘇我家は渡来なので神ではない
その蘇我家も大化の改新で没落する
蘇我入鹿を討ったのが、のちの天智天皇の中大兄皇子と藤原鎌足だ
しかし、天智天皇は蘇我家から娘をもらい、その子供が女帝持統天皇だ
その持統天皇は有名な天武天皇の奥さんだ
天智天皇が亡くなると内乱になり、尾張氏の助けを借りて天武天皇が即位する
そして、天皇親政になって専制政治を行う
そこで出雲王朝は解体され、『大和朝廷』に編入される
日本の国体の基礎を築き、『天皇』や『日本』などの言葉もこの時から使われ始めた
日本の歴史書である『日本書紀』や『古事記』の作成も天武天皇の事業で行い、死後完成している
つまり、ここで都合のいいように改ざんされた可能性もあるってことだ
そして天武天皇が崩御すると、次は女帝である持統天皇が即位した
彼女は基本的には天武天皇と同じ専制政策を取り、政策を引き継ぐ
そして、のちに日本初の上皇になる
また『伊勢神宮』を整備したと言われている
彼女の時代に都で災いが起きることが多く、人々はこれは滅んだ出雲王朝の祟だと感じていたようだ
そこで出雲の怒りを沈めるために、アマテラス・・
つまり、実は宮中にいるスサノオを都から離したと小説では説く
スサノオは出雲の神様
『大和』から元出雲の支配下『丹波』『丹後』へ遷宮
そこから更に遠くに離して『伊勢』だ
伊勢も尾張の近くで、出雲系の支配地域だ
つまり、都から遠くの出雲の支配地域で祀ることで~
天武天皇時代の尾張氏へのお礼と、出雲王朝の祟(怒り)を沈める狙いがあったようだ
蘇我系の天皇家にとっては以後・・
出雲系の伊勢神宮は不吉な場所となる
実は天皇家で初めて伊勢神宮へ参拝したのは明治天皇で、それまでは参拝したことはない
天皇家はアマテラスの子孫で、そのアマテラスをご神体にしていて深い関わりがあるはずの伊勢神宮に参拝しないのは、不思議な話である
その代わり斎宮制度と言って、処女の皇族が巫女として派遣されていた
まさに生贄的な感じだ
どうみても不自然である
そして皇后であった持統は、皇位を狙う野望があった
小説では日本書紀の『アマテラスの伝説』や『天孫降臨の伝説』は作られたものだと言う
実際、日本書紀は改ざんのあとも多いみたいで、辻褄が合わなかったり基本言語の中国語の記載が間違っていたりなど
おかしなところもあるようだ
そして『国譲りの伝説』が、天武天皇の死後、皇后である持統が天武天皇体制を乗っ取る状況に似ているらしい
ライバルを暗殺したりなど、かなり『恨み』をかうことをやったようだ
そんな自分をアマテラスに見立て、正当化するためにアイテムとして日本書紀を利用したのかもしれない
『高天原廣野姫天皇』
彼女の別名だ
要は自分が神だと宣言しているのだ
でも恐怖から逃げることは出来ない~
蘇我系の彼女は死の直前、出雲氏系が支配する尾張地方まで御幸している
調子の悪い身体をおしての行動で・・
結局、無理がたたり翌年死亡している
出雲に祟られたかもしれないし
それだけ出雲の恨みを恐れていた行動ということかもしれない
彼女は死後
天武天皇と同じ陵に埋葬されたが盗掘されてしまい、骨は付近に捨てられた
日本ではあまり死者を冒涜する墓の盗掘は少ない
ましてや天皇陵だ
それだけ世の中(出雲や宮中のライバル)から恨まれていたのかもね
他にも不思議な話はあったけど・・
めちゃめちゃ長くなったので、これで終わりです
最後まで読んでくれて、ありがとうございました!!
偶然なのか~
出雲大社と伊勢神宮外宮の距離は、外宮と香取神社(茨城)と距離が同じ
そして、その距離は出雲大社と熱田神宮と距離が同じ
出雲大社と伊吹山を結ぶライン上に富士山の火口がある
葛城山と内宮、檜原神社(奈良)と斎宮(三重)が同一緯度
吉野宮と内宮、内宮と熱田神宮が同一距離
などなど他にもあるけど偶然でなければ、当時の測量技術のレベルの高さがうかがえる
衛星でもない限り無理ではと思ってしまう不思議さだ
コメント
2014/03/10 7:26
30. >>29 ともさん![[ほっとした顔]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_relief.gif)
![[ぴかぴか(新しい)]](https://img.550909.com/emoji/ic_pikapika.gif)
![[ぴかぴか(新しい)]](https://img.550909.com/emoji/ic_pikapika.gif)
そうなんだぁ
もう少し調べてみようかな
歴史詳しいですね
しかも中立的な見方で~
私も歴史は好きで、暇さえあれば歴史書みてます
古代史にはロマンがありますね
始皇帝の話…
興味あります~
返コメ
2014/03/09 23:04
29. >>28 あかぎさん
そうですね。
ひた隠しにされてきた事を紐解いて欲しいですね。
遷宮に関しても昨年出雲・伊勢で行われましたが、本当に重要をなのは、今年の伊雑宮で行われる遷宮ですね。これが天照が祀られている本当の伊勢神宮ですから、この遷宮が行われた時また何かわかるかもしれませんね
。
始皇帝の話はかなり有力な説ですよ^ ^
返コメ
2014/03/09 21:14
28. >>27 ともさん
古代史って不思議ですよね
出雲などの古代日本の歴史が紐解かれたら面白いのになぁ~って思ってます
始皇帝の話は始めて聞きました
いろいろな説があるんですね
返コメ
2014/03/09 20:07
27. >>23 あかぎさん
へ~、面白いですね。古代史は色々説がらありますからね。
そうですね邪馬台国は北九州だと思います。先に秦の始皇帝の命で徐福と物部氏=出雲族が日本に来て統治。秦滅亡後、朝鮮経由で秦氏=天孫族が日本に来て北九州で邪馬台国を築いたんでしょう。天照=卑弥呼で孫のニニギ=台与という説も。
その後、神武東征(皇紀には紀元前660年だが、実際は紀元250年以降?)により秦も物部も元は同族の為、国譲りにより秦氏が表天皇、裏天皇が物部氏として大和政権を築いたなんて説がありますね。
色んな説がありますよ^ ^
返コメ
2014/01/02 15:43
26. >>25 けちゃんたさん![[ウッシッシ]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_foppish.gif)
![[ぴかぴか(新しい)]](https://img.550909.com/emoji/ic_pikapika.gif)
確かにね
海外貿易の拠点としては、博多周辺だろうね
『壱岐』『対馬』『隠岐』
日本海側のこの3島は島なのに国扱いで、日本の創世記伝説『国びき』で重要な役割を果たす
北九州~米子までの間にあったのは事実であろう
返コメ
2014/01/02 15:34
25. 邪馬台国は、九州説に1票…![[にこにこ]](https://img.550909.com/emoji/ic_smile.gif)
![[ウッシッシ]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_foppish.gif)
昔の距離の単位が『歩』なんでよくわからんけど、潮の流れや風の向きを考えたら、大陸から近い九州を選んだんじゃないかという単純な理由だけどね…
返コメ
2014/01/02 14:21
24. >>20 音無響子@我輩はねこじゃ!バルス!さん![[!!]](https://img.550909.com/emoji/ic_biccuri02.gif)
明けましておめでとうございます
げっ~
それは新説すぎます(笑)
でも響子さんが言うとそんな気にもなる
って言うかニューハーフショー行くんだ(笑)
返コメ
2014/01/02 14:19
23. >>19 ティフォシーo( ̄
 ̄)旦さん
![[ほっとした顔]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_relief.gif)
確かにその可能性が一番高いです
その邪馬台国が何処かってところでロマンがありますね
まぁ普通に考えれば北九州
私は、出雲は南朝鮮シラギから北九州~畿内、中部、関東にかけての巨大な帝国だったと思うんですよ
首都は出雲から大和に移っていてさ
で~クーデターで物部は倒された
そう考えると、普通じゃないですか
返コメ
2014/01/02 14:11
22. >>18
nico
さん![[うれしい顔]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_happy.gif)
![[ぴかぴか(新しい)]](https://img.550909.com/emoji/ic_pikapika.gif)
![[ぴかぴか(新しい)]](https://img.550909.com/emoji/ic_pikapika.gif)
![[ぴかぴか(新しい)]](https://img.550909.com/emoji/ic_pikapika.gif)
宝塚
私は、そっちの方がめちゃめちゃ興味がありますよ~(笑)
歴史は物語です
繋がってくると楽しいですが
返コメ
2014/01/02 14:09
21. >>17 ユミさん
神様は怖いですよ~
日本には昔からいろいろな神様が住んでいます
日本古来の自然の神様…
まぁ土地や自然を大切にする土着の神様だよね
古代神道の基本です
出雲~因幡の山陰地方は、そんな神様の総本山だから大好きです
中韓にもあったと思いますが、今の中韓の宗教感にはそれを思う謙虚さがない…
残念ですね
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