秘密の小道
50代半ば  大阪府
2013/08/29 8:30
秘密の小道
子供の頃

人知れず山の小道を分け入ると

その傍らに申し訳なさそうに

チョロチョロと流れる沢がありました。

小道を外れて

そんな沢伝いにさらに分け入ると

少しずつ広がっていく

いくつもの清流に出会います。

靴を脱ぐと

ひんやりしたそよぎは

足のくるぶしを洗う

ウオッシュレツトのようで心地よい。

それは秘密の場所でした。

それより高きには人家もなく

まだまだ人の気配もまばらで

手にこぼすばかりの冷水は

喉ごしから胃腑にいたるまで

染み渡ります。

聞こえてくるのは

ところどころに浅瀬に当たる岩の音

枝葉が触れて揺れる音

あまりの静寂に

鼓膜の中ではねかえっては

何度も繰り返す。

本当は

圧倒的な山のおおきさに

ちっぽけな自分が押しつぶされそうで

怖くて怖くて

山鳥がいきなり飛び立つ音に

身がすくんだりもしていました。

ある時はねむりこけ

日が落ちかけた薄暗い獣道を

全身鳥肌につつまれて

あえてゆつくりとくだっていくこともありました。

ここで怯えて走ったりしたら

そのまま山に飲み込まれてしまいそうで

幼い僕は

涙目になって

それでもここが

このポッカリ空いた沢の空間が

自分の唯一の秘密の場所でした。

それは

10歳そこそこの僕にとって

理解を超えた疎外感を癒す場所だつたのかもしれません。
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