栄欄との出会いの中に、亡姉カヨコが現れた…紅い蛍⑩
吉林市街から松花江沿いの柳並木を歩くと、吉林大橋の橋門が見えてきた。
その辺りは、まるで原宿の竹下通りのような人混みだった。
「私、ガイド経験ありません。私の日本語分かりますか?間違い時は教えて下さいね」
「間違い時じゃなくて、間違った時…だね。
でも、栄欄は本当に日本語が上手だな。留学経験ないんだよね?」
栄欄は、頷くとショルダーバックから手帳を取り出し、手短にメモを取った。
「日本語って曖昧なんだよ。細かい事は気にしないで僕といっぱい話せばいいよ」
栄欄は笑顔で頷きながら、僕の足元を気遣っている。桃の種や空き缶などが散らかっているのだ。
「大学の講義より、私の日本語先生は日本のドラマなんです。特にジブリ。ラピュタの台詞、全部覚えましたから」
「へぇそれは凄いね!ラピュタか?パズーって、ほんと男の鏡だと思う」
「鏡?鏡?なに意味しますか?」
「理想的な…みたいな意味かな?」
「はい、そうです。私、彼に恋して涙しました。本当に大好き!」
ジブリ話で盛り上がりながら、僕と栄欄はいかにも中華的に電飾された吉林大橋の橋門をくぐった。
橋は夕方のラッシュ時だったせいか、車道は荷馬車や三輪自動車や耕運機などが連なって走っていた。
車道と広い舗道の境目には、露店がひしめき合い、通行人らしい人はほとんどいなかった。
みんな、肩が触れ合うほどに、ただそぞろ歩いているだけだ。
下の河原ではカラオケに興じているグループが、競って大音量でわめき合っている。
「栄欄、この橋っていつもこうなの?」
「今日は何か行事あるのかな?うるさいから、橋の中程まで行きましょう」
栄欄は人混みを縫うように歩きながら、僕に見慣れない粒々を一摘み手渡した。
「何これ?」
「これ食べて、少し落ち着きましょう」
僕は怪訝な顔で、手のひらに乗せられた小さな粒を見つめた。
「ひまわりよ。日本人はひまわり食べませんか?」
栄蘭は不思議そうに僕の顔を覗いた。
首を傾げると、栄蘭は笑いながら上下の歯で器用に種の皮を千切り、
中身を取り出して僕の手の平に乗せた。
まずいも旨いも、小さすぎて味がわからない。
彼女の仕草を真似て幾つかかじってみたがうまくいかない。
僕は癇癪をおこして、魚の餌になれとばかりに、その一摘みを欄干越しに松花江に投げ放った。
舗道沿いには、大八車をそのまま露店にした果実商や飲料屋が連なって店を張っている。
物珍しさについ覗き込むと、商人は喧嘩腰に物を押し付けてくる。
その剣幕に気圧されてまっすぐ歩くこともままならない。
足元を見ると潰れた黄桃がいくつも転がっていて、
しかめ面の売り手の婆さんが何か大声でわめいていた。
目を合わさなくても、僕の行く手はたびたび物売りに阻まれる。
根負けしてコーラのボトルを二本、十二人民元で買った。
すぐに栄蘭が飛んできて物売りに食って掛かっている。
どうやら法外な値で買わされたらしい。
僕が栄蘭を制すると、彼女は口を尖らせて僕を睨みつけた。
「由宇はすぐに外国人だと分かるんです」
「どうして外国人だと分かる?」
「何か変なんです。顔も違うし表情も違う。珍しそうにロバを見たり..」
フン、僕は鼻を鳴らした。
確かに人込みは嫌いだし、ましてや異国の真っ只中で平常心が危うくなっている。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「普通にすれば」
そう言いながら、栄欄は僕の手を引いて、橋の欄干に導いた。
気がつけば、橋の中央辺りまで来ていた。岸の喧騒もさすがにここまでは届かない。
欄干はまるで恋人達の止まり木のようで、カップルは肩を寄せ合い、
中には唇が数センチまで近づいている二人もいる。
「本庄さん、私って日本の女の子と比べてどうですか?」
突然、栄欄が川面の小波を見つめながらつぶやいた。
「日本も中国もないさ。キミは日本語は上手だし賢いし優しいし、そしてきれいだ」
「ええっ、背中が痒くなりました」
栄欄は、そう言ってそっぽを向いてしまった。
「日本のことがそんなに気になるの?」
栄欄はコクリと頷いただけで、しばらく黙り込んでしまった。
さっきまで凪いでいた川風が川面から吹き上げ、
栄欄の長い髪を、ひらひらと泳がせた。
栄欄の髪に触れたくなる衝動を抑えながら、僕は数百メートル先の対岸に目をやった。
何かがうごめいていた。
それは、最初は無数の赤い点のように見えた。
折り重なり固まって、また離れ、次第に夕焼け雲のように膨らんでくる。
「栄欄、なんだろう?あれ」
「なんでしょう?小さな花火?」
栄欄は首を傾げながら、
僕と同じ方向へ目を凝らせた。
「分かりました。川燈ですね。今日は八月一四日。死んだ人を舟に乗せて思い出す日なのです」
「精霊流し…」
僕は一瞬、絶句してその場に立ち尽くした。
令姐や栄欄に巡り会え、浮かれて一番大事なことを忘れていた。
僕は遠い対岸に向かって走り出した。栄欄が何か叫びながら僕を追って来る。
微かな灯りの群れは、だんだん広がり、大きくなってゆっくりと回り始め、
やがて、僕の視界のすべてを覆い尽くした。
-続-
コメント
2018/01/25 9:26
10. >>9 みゃ~ぐろさん
まあ、日本もそうだけど 戦乱の規模が違うし、
その度に支配民族が変わるのが日本との大きな違いですね。
武術には詳しくないけど、いま中央政府が太極拳を奨励しているのは、攻撃性が薄いからとか??
↑↑
これ、まぐろさん由来のネタだっけ?
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2018/01/25 0:11
9. >>5 ツブ猫
さん
そうそう!
日本の隣国でいながら昔から靴を履いて椅子に座ってベッドで寝ますからね。
シルクロードやら謎文化が流入して違和感もりもりw
武術体系も厚着した北方騎馬民族と南部の裸体の船の民族じゃ違ったりして興味深いですw
でも近年の中国は様変わりしたのでしょうね。
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2018/01/24 21:54
8. >>7 ウッディーさん
それはあるかもですね。
書きすぎると、凡長になって、読み手に伝わる前に腐ってしまうんですよ。
だから、手直しは加筆3割、削除5割、その他語尾など2割って感じですね。
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2018/01/24 21:20
7. >>6 ツブ猫
さん
省略した過程で濃縮されて洗練されて
あのような描写になったのかもですね
(^ω^ )
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2018/01/24 20:19
6. >>3 ウッディーさん
こんばんは。
ほめて頂いてありがとう。中国へ行くなら地方都市がお勧め。大都市はつまらないよ。
ずいぶん省略したから、まだ書き足りない感じだけど、
いくらか伝わった みたいでほっとしました(笑)
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2018/01/24 20:09
5. >>2 みゃ~ぐろさん
2000年頃の中国って、戦後間もない混乱期の日本の原風景があるんですよ。
それと、西欧文化が半端に混在してるんで、ひどい違和感なんだけど、
それが活気に見えるんですね。
まっこと不思議な隣国です。
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2018/01/24 19:40
4. >>1 かよさん
こんばんは。いつも熟読して頂いてありがとうございます。
ここからしばらくは、実体験だけに、造り物よりもリアルですね。
この後は、あまり手を加えずに、原文のまま投稿して行くつもりです。
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2018/01/24 18:47
3. 今回の描写は素晴らしいですね!!
かよさんが仰るように、その場の光景が浮かんできます
返コメ
2018/01/24 15:47
2. 街を歩くだけの描写の中に中国人気質と日常風景、そして彼女との微妙な距離感が伝わりますね。すらすら読めます。
そこへ追憶の精霊流し…
続きが待ち遠しいです。
返コメ
2018/01/24 14:14
1. こんにちは。
中国には行ったことがないのに
街の喧騒の様子が目に浮かぶような錯覚に陥ってしまいました。情景の描写がとてもお上手だからですね。中国では、ひまわりの種を食べるのですね。
お国柄ですね。タンポポを食べる国もあるから、ひまわりの種も食べて不思議はないのかも?
ただ、あまりおいしそうには思えませんが。
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