舟の精霊は僕の姉カヨコだった…紅い蛍⑪
その頃から僕は異様な胸騒ぎを覚えていた。
「どうしたのですか?」走り出した僕を栄蘭が追ってきた。
橋の中程を過ぎると、群れからはぐれた灯りが間近に見えた。
沖の早い流れに乗って、一つ二つと揺れながら川面を下って行く。
僕は対岸に向かって足を速め走り続けた。路に散らばった桃の種や食いかけのアンズを蹴りながら、ひたすら走った。
河原はずいぶん賑やかだった。幽玄な空気はなりをひそめ、多くの人達は子連れで飲み食いに興じていた。
灯篭を放つ時間はとうに過ぎたのだろうか。帰り支度をしている人達が多い。
僕は人込みをかき分けてやっと水際に着いた。
「みんな灯篭はどこから持って来たんだ?」
「分からない。多分家で作ったのかな?」
「どこかで売ってないか?誰かに聞いてくれ!」
栄蘭は、周囲の数人に聞き回ったが、誰もまともに取り合ってくれないらしく、無言で首を横に振った。
「もうすぐ終わります」
「終わるって、何が?」
「この行事です」
僕は苛立って、飲みかけのコーラのペットボトルを握りしめた。
間近に灯篭の群れが見えた。
舟の灯りは蝋燭で、それぞれ趣向が凝らされていた。
きらびやかな帆が張られているもの、
帆に経文が書かれているもの、
ミニチュアの家が乗っているもの、
写真を立てているもの..
僕が握り締めたペットボトルには、非常可牙とか訳の分からない文字が印刷されている。
僕は思い立って、飲みかけのコーラを全部川に流した。
それに河原の石ころを拾い集めて中に入れた。
舟になりそうな物と言えばそれしかなかった。
蓋をしめ、中央に煙草の火を押し付けて小さな穴をあけた。
その中心に新しく火を点けた煙草を立てた。
河に放つと、舟は浮いたが流れには乗れず、ゆっくりと大きな円を描いて僕の方へ戻ってきた。
もう一度試しても同じだった。
幾つかの灯篭が帯のように連なって、蝋燭の灯りを瞬かせながら上流から流れてきた。
「ほたる..」
栄蘭がつぶやいた。
「父の故郷の雲南には、春から秋まで何種類もいます。夜中でも川が輝くみたいに..」
蛍の火は青白い。瞬きながらも時折明るく輝く。
でも、僕の舟のてっぺんの蛍は、赤黒く元気もないただの小さな火種だった。
河原では、子供達が面白がって流れてくる灯篭に向かって石を投げていた。
命中し蝋燭の火が消えると歓声を上げている。
大人達は誰もそれを咎めない。
一番みすぼらしい僕の舟は、つぶてが恐いのか僕の足元にうずくまって、ただゆらゆらと揺れていた。
煙草が燃え尽きて僕は新しい煙草に差し替えた。
沖に流すのはもうやめて、五本目の煙草が消えるまで、僕は紅い蛍を見つめていた。
六本目の煙草を探したが無かった。
僕は空になった煙草の箱を握りつぶしてズボンのポケットに入れた。
「煙草買ってきます。由宇はここで待っていて下さい」
栄蘭が耳元でささやいた。
無数にあった灯篭の灯りも一つ二つと消え、殆どは遠くに流れ去った。
その隙間を灰色の闇が埋めていった。
「ありがとう。もういいんだよ」
凪いでいた風が下流から吹き出したのだろうか。
返し波が僕の足元に寄せてきた。
その時だった。
とうに火の消えた僕の舟がするすると動き出した。
一瞬のことだった。舟は魚のように小石の間を縫って少し上流に流れ、
大きく円を描いて加速した。
「待ってくれ!」
僕は叫び、舟を追って川に入った。
しかし川水を含んだ靴は重く、石に絡んで動きがとれない。
僕の舟は左右に揺れながら、どんどん闇に吸い込まれて小さくなった。
膝まで冷たい水が滲みあがった。
「カヨコ!」
僕は叫んだ。
「戻れ!そっちには誰もいない」
栄蘭が僕の手を引いて制止した。
「カヨコ..誰ですか?」
僕は濡れた靴を脱いで、中に溜まった水を振り払った。
「カヨコ..誰ですか?」
僕の頭の中には、当然栄蘭から浴びせられる質問に対しての答えが明確に用意されていなかった。
「恋人、亡くなりましたか?」
「違う」
僕は短く答えて黙り込んだ。
そうだと言った方が良かったのかも知れない。
舟の精霊はカヨコ…僕の姉だった。
-続-
コメント
2018/01/25 10:22
2. >>1 フッキーさん
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おはよう
東京は40年ぶりの寒波で 水道管凍結したよ
物語は前半のクライマックスです。
この後、栄欄がブンむくれて、大変なことになってしまいます
返コメ
2018/01/25 10:12
1. 灯籠流しかぁ~
日本だけじゃ~ないんだね~(◎o◎)
綺麗だろうね~(^w^)
最後の綴り…続き気になる~~( ̄∀ ̄)
返コメ