さらば童貞①尚子さんとの出会い
僕が思い切り腕を振った速球は、少し左へ逸れながら
浩太のミットのど真ん中に収まった。
パーンと言う乾いた音が夕暮れ近い多摩川の河原に響いた。
「ようし、これを決め球にするぞ。今日はあと20球だ!同じ球をあと5球投げて来い!」
軟式ボールを投げ返しながら、浩太はミットを叩いた。
中三の春だった。
浩太と僕は、共に転校生で区域外からのチャリ通学。野球部に入ったのも2年から。
そんな僕と彼は、何かにつけて気が合った。
春の都大会には、絶対エースの良平が投げるはずだったのだが、
良平の盲腸手術で、僕達は急遽バッテリーを組むことになったのだ。
急造バッテリーじゃ、今年は初戦で敗退だな‥そんな回りの声に奮起したのは、
僕よりクソ真面目で、成績もトップクラスの浩太だった。
校庭では気が散って、練習に身が入らない。
僕と浩太は、共通の通学コースから少し離れた多摩川河川敷を練習場として選んだのだ。
秘密の追加練習は今日で5日目だった。
中学最後の東京都大会は、二週間後に迫っていた。
僕が尚子さんとリキを見かけたのは、そんな練習を始めて数日経った頃からだった。
尚子さんは、いつも七部丈のジーンズに白いトレーナーと言う姿で、
白熊にそっくりな巨大な犬を連れ、土手に腰を下ろして僕達の練習を見ていた。
その犬がピレネーマウンテンと言う犬種で、リキと言う名前だと言うことは、その時はまだ知らなかった。
きっと、リキのお散歩コースの一休み場所なのだろう。
尚子さんはリキを隣りにはべらせ、土手に腰を下ろして、僕と浩太の練習を見るのが、日課になったようだった。
巨人軍の練習場にも近い多摩川土手の東側は、高台になっていて、
田園調布と言う都内有数の高級住宅地が広がっている。
多分、尚子さんはその辺りに住むお金持ちのお嬢か若奥様なんだろう。
夕日が多摩川の川面を染め始める頃、土手に向かって川風が吹き上げる。
長い髪を抑えながら、リキに何やら話しかけている尚子さんは、
まだ子供だった僕の目にも、とても爽やかに映った。
都大会が6日後に迫り、僕と浩太の特訓もいよいよ佳境に入って来た日だった。
浩太が投げ返したボールは僕の頭上を大きく逸れ、転々とグラウンドを弾みながら、草むらの中に消えた。
その時だった。
大人しく尚子さんに寄り添っていたリキが、いきなり草むらに向かって走り出した。
「きゃーっ!」
尚子さんが金切り声を上げた。
リキはロープのように太いリードを引きずりながら、ボールが消えた草むらに突進した。
「ごめんなさーい!」
尚子さんは、そう叫びながら土手を駆け下り、僕の近くに走り寄って来た。
リードで引っ張られた時に転んだんだろう。白いトレーナーが、腕から肩口まで泥で汚れていた。
「リキはね、優しい子だから怖がらないで!」
きっと僕達がパニックになると思ったのだろう。
尚子さんは、僕をリキからガードするつもりで走ってきたようだった。
「犬は大好きですよ。心配しないで下さい。それより、大丈夫ですか?怪我されませんでした?」
「ごめんなさい。私は大丈夫です」
尚子さんは、息を弾ませながら恥ずかしそうにトレーナーの泥を払い落とした。
「そう、リキって言うんですか?立派なワンコですね」
僕は、草をかき分けながらボールを探しているリキに向かって叫んだ。
「おーいリキ!ありがとな!」
体中にイノコズチをいっぱいぶら下げたリキが、消えたボールをくわえて
帰ってきた。
リキは、よだれでレロレロになったボールを尚子さんの足元にポトリと落とした。
「ダメじゃない、リキ!それお兄ちゃん達の大事なボールでしょ!」
尚子さんはリキを叱りながら、ジーンズのポケットからハンカチを取り出し、きれいに拭いて僕に返した。
「ごめんなさいね。この子をしっかり押さえてなかったから‥」
「おい、でかいなお前!いくつなんだ?」
笑いながらリキの頭を撫でると、リキは喜んで僕の回りを走り回った。
捕まえようとすると、巨体で立ち上がってじゃれついてくる。
「まだ1歳なのこの子。遊びたい盛りなのに、私じゃもの足りないのね」
寂しそうに尚子さんが笑った。
浩太は、塾の時間だから帰ると言って、少し憮然とした様子で去って行った。
その後も、僕は泥だらけになりながらリキとじゃれ合った。
そんな二人を、尚子さんは笑い転げながら見ていた。
★☆★
尚子さんは、都大会の二回戦から、僕達の応援に来てくれた。
二回戦、三回戦と予想に反して勝ち上がれたのは、
僕が打者としても、150%力を発揮できたからだ。
でも、準決勝でボロクソに打たれて、僕達の春は終わってしまった。
多摩川のマドンナ‥尚子さん。
僕と彼女との繋がりも、そこでプッツリと途絶えてしまった。
でも、それから一年後‥
僕と尚子さんが、ひょんなことから一気に親密な関係になろうとは、
その時の僕は、全く予想すら出来なかったのだ。
―続―
二年前の退会時に紛失してしまった日記ですが
思い出しながら、綴り直しています。
画像はイメージです。
コメント
2015/10/12 21:07
52. >>51 しずく。.:*:・'°☆トミー&ロビン★さん
こんばんは。コメありがとう。
タイトルと内容の激しいギャップ‥確かにね(笑)
でも、このタイトルで伏線張らなければ、
知らずに次章を読んだ女性は卒倒するかも知れないので(笑笑)
返コメ
2015/10/12 19:53
51. ランキング見てたら、
清純な日記からはおよそツブネコさんのものとは、想像がつかぬ、
タイトルで、なんかやけに笑ってしまいました。
ニヤーッとね。
おばはんになったんでしょうか?私?
返コメ
2015/10/12 17:29
50. >>49 なしさん
はい、めちゃくちゃレトロ、セピア色の思い出です。
そう、あの辺りをご存知ですか?
何か物語の舞台になりそうな雰囲気のある場所ですよね。
②章、頑張りますね。
そちらの続編も期待しています!
返コメ
2015/10/12 16:19
49. ちょっとレトロな感じがまた性春ですね(^-^)
場所も分かります。昔その辺りに一時住みました。
中学生じゃ早いだろ!と先走って突っ込みたくなりました。親としては(笑)
返コメ
2015/10/12 16:14
48. >>45 なっちゃん
さん
はい、本人達はいたってピュアなんですけど‥
はたから見れば、果たしてどうなんでしょうね? (笑)
ご期待に答えられるかどうか?
頑張ります!
返コメ
2015/10/12 16:08
47. >>44 キャラメルじゅん*リッチver.期間限定さん
じゅんちゃん、こんにちは!
世の中には色んな恋のパターンがあるからね。
これも、一般常識を逸脱した恋の形。
普通は、型にはまらないだけに、切なく悲しいんだけど、
この二人の場合は、かなりイケイケなんで、どうなることやら(笑)
返コメ
2015/10/12 16:01
46. >>43 萌
萌
さん
連休か、いいなぁ。
自家用の巨峰?ぜいたくだね。
先月山梨の元ヤン姐さんに色んなブドウ食わせて貰った。
続きか?仕事が長引いてるけど、夜書くよ。
返コメ
2015/10/12 11:00
45.
おはようございます
続き楽しみです(*''*)
ピュアなストーリーなんかな?
ワクワクします("⌒∇⌒")
返コメ
2015/10/12 10:23
44. 僕と尚子さんの恋の行く末が楽しみです!
男女のひょんな事って
ちょっとした偶然だけど
振り返れば
大抵は必然となるんでしょうねぇ。
(pq*´꒳`*)
妄想止まらずで~す!
キュン♪(〃艸〃)
返コメ
2015/10/12 9:38
43.
おはよう。山梨の実家からです。明日まで休み取った。
ここは秩父寄りだから朝晩の寒さは東京の比じゃないよ。
実家は、自家用で巨峰作ってる。子供の頃は見向きもしなかったけれど、今年のは美味しいよ。
キュンキュンしてるから早く続き書いてね!
返コメ