さらば童貞①尚子さんとの出会い
60代前半  東京都
2015/10/11 6:42
さらば童貞①尚子さんとの出会い
僕が思い切り腕を振った速球は、少し左へ逸れながら



浩太のミットのど真ん中に収まった。



パーンと言う乾いた音が夕暮れ近い多摩川の河原に響いた。



「ようし、これを決め球にするぞ。今日はあと20球だ!同じ球をあと5球投げて来い!」



軟式ボールを投げ返しながら、浩太はミットを叩いた。




中三の春だった。




浩太と僕は、共に転校生で区域外からのチャリ通学。野球部に入ったのも2年から。



そんな僕と彼は、何かにつけて気が合った。




春の都大会には、絶対エースの良平が投げるはずだったのだが、



良平の盲腸手術で、僕達は急遽バッテリーを組むことになったのだ。



急造バッテリーじゃ、今年は初戦で敗退だな‥そんな回りの声に奮起したのは、



僕よりクソ真面目で、成績もトップクラスの浩太だった。




校庭では気が散って、練習に身が入らない。



僕と浩太は、共通の通学コースから少し離れた多摩川河川敷を練習場として選んだのだ。



秘密の追加練習は今日で5日目だった。



中学最後の東京都大会は、二週間後に迫っていた。




僕が尚子さんとリキを見かけたのは、そんな練習を始めて数日経った頃からだった。



尚子さんは、いつも七部丈のジーンズに白いトレーナーと言う姿で、



白熊にそっくりな巨大な犬を連れ、土手に腰を下ろして僕達の練習を見ていた。



その犬がピレネーマウンテンと言う犬種で、リキと言う名前だと言うことは、その時はまだ知らなかった。



きっと、リキのお散歩コースの一休み場所なのだろう。



尚子さんはリキを隣りにはべらせ、土手に腰を下ろして、僕と浩太の練習を見るのが、日課になったようだった。




巨人軍の練習場にも近い多摩川土手の東側は、高台になっていて、



田園調布と言う都内有数の高級住宅地が広がっている。



多分、尚子さんはその辺りに住むお金持ちのお嬢か若奥様なんだろう。




夕日が多摩川の川面を染め始める頃、土手に向かって川風が吹き上げる。



長い髪を抑えながら、リキに何やら話しかけている尚子さんは、



まだ子供だった僕の目にも、とても爽やかに映った。



都大会が6日後に迫り、僕と浩太の特訓もいよいよ佳境に入って来た日だった。




浩太が投げ返したボールは僕の頭上を大きく逸れ、転々とグラウンドを弾みながら、草むらの中に消えた。



その時だった。



大人しく尚子さんに寄り添っていたリキが、いきなり草むらに向かって走り出した。



「きゃーっ!」



尚子さんが金切り声を上げた。



リキはロープのように太いリードを引きずりながら、ボールが消えた草むらに突進した。




「ごめんなさーい!」



尚子さんは、そう叫びながら土手を駆け下り、僕の近くに走り寄って来た。



リードで引っ張られた時に転んだんだろう。白いトレーナーが、腕から肩口まで泥で汚れていた。




「リキはね、優しい子だから怖がらないで!」



きっと僕達がパニックになると思ったのだろう。



尚子さんは、僕をリキからガードするつもりで走ってきたようだった。



「犬は大好きですよ。心配しないで下さい。それより、大丈夫ですか?怪我されませんでした?」



「ごめんなさい。私は大丈夫です」



尚子さんは、息を弾ませながら恥ずかしそうにトレーナーの泥を払い落とした。



「そう、リキって言うんですか?立派なワンコですね」



僕は、草をかき分けながらボールを探しているリキに向かって叫んだ。



「おーいリキ!ありがとな!」



体中にイノコズチをいっぱいぶら下げたリキが、消えたボールをくわえて
帰ってきた。



リキは、よだれでレロレロになったボールを尚子さんの足元にポトリと落とした。



「ダメじゃない、リキ!それお兄ちゃん達の大事なボールでしょ!」



尚子さんはリキを叱りながら、ジーンズのポケットからハンカチを取り出し、きれいに拭いて僕に返した。



「ごめんなさいね。この子をしっかり押さえてなかったから‥」



「おい、でかいなお前!いくつなんだ?」



笑いながらリキの頭を撫でると、リキは喜んで僕の回りを走り回った。



捕まえようとすると、巨体で立ち上がってじゃれついてくる。



「まだ1歳なのこの子。遊びたい盛りなのに、私じゃもの足りないのね」



寂しそうに尚子さんが笑った。




浩太は、塾の時間だから帰ると言って、少し憮然とした様子で去って行った。



その後も、僕は泥だらけになりながらリキとじゃれ合った。



そんな二人を、尚子さんは笑い転げながら見ていた。




     ★☆★




尚子さんは、都大会の二回戦から、僕達の応援に来てくれた。



二回戦、三回戦と予想に反して勝ち上がれたのは、


僕が打者としても、150%力を発揮できたからだ。



でも、準決勝でボロクソに打たれて、僕達の春は終わってしまった。








多摩川のマドンナ‥尚子さん。



僕と彼女との繋がりも、そこでプッツリと途絶えてしまった。





でも、それから一年後‥



僕と尚子さんが、ひょんなことから一気に親密な関係になろうとは、



その時の僕は、全く予想すら出来なかったのだ。





       ―続―




二年前の退会時に紛失してしまった日記ですが


思い出しながら、綴り直しています。


画像はイメージです。





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コメント

2015/10/11 6:58

1. 
ほっほぉう(ФωФ)

ここから人妻・若い女性キラーが
始まったわけでつね

ニヤ(。-∀-)ニヤ

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