14か月目のマドンナ【最終章】少女は僕を見つめて「由里」と名乗った
60代前半  東京都
2015/12/20 6:57
14か月目のマドンナ【最終章】少女は僕を見つめて「由里」と名乗った
街はずいぶん装いを変えてしまったのに、
ここは、二十年前と何一つ変わっていない。

まるで、この場所だけは時間が硬直しているようだった。

リキが、Naoを引き倒しながらボールを追った草むらも、
あの時と同じように、腰高くらいに育ったカヤや野菊の林になっていた。
そんな雑草達が、多摩川の川風を受けて波を打つように畝っている。


でも、この風景の中にいる筈のNaoはいなかった。

二十年前のあの日、
厳しい隔離の網を破って僕に会いに来たNaoは、
兄が住むボストンの音大に編入する事に決めたと泣きながら僕に報告して、
最後に、気が遠くなるまで僕と抱き合った。


そして、別れの前に二人で約束を交わした。

十年ごとに必ずこの場所でこの時間に会おう。
だって、ここが二人の原点なんだから…



でも、最初の十年目にNaoは現れなかった。

そして、二十年目の今日も…

本当に終わってしまったんだな。


ひと気のない河川敷を見渡して、僕はふっとため息を吐いた。




川崎側の対岸に目をやると、何層かに重なった雲の合い間から、
朱に染まり始めた太陽が強い光を放っていた。

時計を見ると四時半。
そう、ちょうどこの時間だった。

僕は真新しい軟式ボールをバッグから取り出して握りしめた。
そうだ、どこで僕は投げていたんだろう?

整備されていない小石だらけのグラウンドを見渡すと、
自転車道から十メートルほど先に小さな盛土があった。

僕は引き寄せられるように、その上に立った。
目を閉じてマウンド上に立つと、浩太のミットが見えてくる。
僕は盛土の上に立ち、大きく振りかぶった。

僕のモーションに合わせて、浩太が、キャッチャーミットを顎の前に突き出すのが見える。
思い切り投げる振りだけすると、膝に当たったボールが、弾みながら土手の方に転がって行った。


少しフラついた僕は、目を開け、その場にしゃがみ込んでしまった。

帰ろうと思った。



次の十年後は、もう来るのはよそう。もうこの景色も見納めだ。
何も変わっていない景色の中で、僕はずいぶん変わってしまった。

人間なんて、記憶の中で
生き続けられるほど強くない。

それはNaoだって同じことだ。


靴の泥を落とし、背広の皺を伸ばして、二歩三歩と踏み出した時だった。

一人の若い女が土手を下りてくるのが見えた。






僕は思わず目を見張った。

でも、それはNaoではなかった。Naoにしては明らかに若過ぎる。

彼女が近づくにつれ、不思議な感慨が僕の胸を満たして行った。



Naoかも知れない。

彼女は、僕が幼い頃の…遠い記憶の中のNaoにとても良く似ていた。

ひと気のない夕暮れ時の河原だと言うのに、
少女は臆することもなく僕に向かって歩いてきた。

途中、自転車道に転がっていた軟式ボールを拾い上げると、
「Yah!」と小さなかけ声をかけて、僕に投げ返してきた。

まるで、砲丸でも投げるようなお嬢様投げなので、
ボールは十メートル程の距離の間で二バウンドして僕の手に収まった。



「ありがとう」

僕は、少女を怖がらせないよう微笑んでボールを受け止めた。
でも、そんな表情とは裏腹に、僕の心臓は張り裂けそうに波打っていた。


「あなたが由宇?ママのsteadyだった人?」

少女は、じっと僕を見つめ、少し不自然なアクセントでそう聞いた。


「ママ?ママって!…キミは?」

「由里、自由の由にサトって書いて由里。Nineteen‥になったわ」


まさか‥

全身がわなわなと震え出して、
震えが止まらないまま、僕は由里の肩を掴んだ。


「パパなの?由宇は日本のパパなの?」

僕は何度も頷いて、由里を抱き締めた。


日本のパパ‥

僕は由里のその言葉で、すべてを察した。
Naoがここに来れない理由も…


「由里、ママは幸せかい?アメリカのパパは由里に優しいかい?」

「Yah…ママも私もとてもとてもhappyよ。五つ下の弟もいるのよ」

「そうか…」

頷きながら、涙が溢れてきた。

「由里は今、どこにいるの?いつまで日本にいるんだい?」

「グランマの家。来週ボストンに帰るわ。でもその前に、Disneyland行きたいな」


「そうか…良かったら僕と一緒に行ってくれるかい?」

「いいよ。ママには話すけれど、アメリカパパには内緒ね。だって由里は大人だからね。泣かないでねパパ!」」

僕は最後にワァッと泣き伏して、強引に涙を拭った。


苦しみの中で、一つの恋は終わったけれど、
こんなにも美しい痕跡を残していたのだ。


「わかった。もう泣かないよ。ママにはね、ごめんなさい。そして本当にありがとう!って、それだけ伝えてくれるかい?」



Naoより拳一つほど背丈がある由里は、大きく頷いて僕の肩に顔を埋めた。
懐かしいNaoの香りが、広がり、僕の胸をいっぱいに埋めつくした。






遠く丹沢の山塊に掛かる雲が、夕日を背にもくもくと膨れ出して、

やがて、大きな犬の形になった。

「リキ」ありがとうね…

僕はつぶやきながら、泣きじゃくっている由里の髪を撫でた。





       ―完―





思いもかけず、ダラダラとこんな長い話になってしまいました。



最後まで読み続けて下さった方々、本当にありがとうございます。



素敵なXmasと、お正月をお迎え下さい。
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コメント

60代前半  東京都

2015/12/20 11:39

25.  >>23 カジュアルさん

筋が決まらなかったからね。

Naoと由里二人での再会とか、Naoからの手紙を由里が由宇に手渡す‥ってのも考えてたんだけれど、

それじゃ⑬まで伸びちゃうし、かえって煩雑になってしまうしね‥

50代後半  兵庫県

2015/12/20 11:30

24.  >>21 ツブネコ[芽]さん
違う 結末〓[目]

気になるところです

でも 気持ち的に一区切り出来た
っつうことで
良かった思うまつ[指でOK]

70代以上  東京都

2015/12/20 11:26

23.  >>22 ツブネコ[芽]さん


直ぐに書けちゃう点もビックリしますよ。

60代前半  東京都

2015/12/20 11:21

22.  >>20 カジュアルさん

おはよう[晴れ]

元気そうで、少しふっくらして安心しましたよ。

金色夜叉でも、再会の約束はこんな感じだったような‥

携帯電話が当たり前の今の世には、信じられないことですよね(笑)

昨日の夜、急いで書き上げました。

60代前半  東京都

2015/12/20 11:15

21.  >>18 ひろりん[黒ハート][ウィンク]さん

ありがとう。

これね、最初考えていた結末と全然違うんだよ。

ハッピーエンドにするってコメ欄で約束していたからね。

このラストは僕の中ではハッピーエンドなんだけど、どうだろう?

70代以上  東京都

2015/12/20 11:13

20. 

凄い!

約束の場所って素敵ですよね、かの有名な「君の名は」菊田作

現代的なバージョンっぽいです。

凄い文章力!

善かった。[ほっとした顔]

60代前半  東京都

2015/12/20 11:10

19.  >>15 SMClub[ガラスの仮面]女主宰†りなさん

おはよう[晴れ]コメありがとう!

そう、また従姉妹であり娘でもあるわけだよ。

血が濃いい分、両親の良いところ悪いところ、しっかり受け継いでいるだろうから、

心配で目が離せないね(笑)

りなさんも、正念場。大変だろうけど頑張ってね!

応援しているよ。

50代後半  兵庫県

2015/12/20 10:52

18.  >>17 ツブネコ[芽]さん
切なくもあり
一歩前に踏み出せる気持ちにさせるラストの再会やったと思うまつ[指でOK]

60代前半  東京都

2015/12/20 10:33

17.  >>11 ひろりん[黒ハート][ウィンク]さん

そう?タイトルでピンときてくれた?

よほど、読んでくれてた 証拠だね。

こんなラストで良かったのかな?

60代前半  東京都

2015/12/20 10:27

16.  >>10 Soraさん

良く読んでくれてありがとう!

ラストはずいぶん考えたよ。安易に再会で終わらせても良かったんだけどね。

すごく深読みしてくれてありがとう。

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