★3.11とワクメ★情報寸断。焦燥と恐怖と暗闇の中、ワクメだけは…
3.11…あの日、
僕は埼玉の現場から、普段は50分の道程を7時間かけて家にたどり着いた。
幹線道路を人の波と一緒に這うように車を進めながら…
電話は全く通じず、メールは半日後に届くか届かないか…
そんな中、やっと身内の無事は確認できたが、
最大の心配は、僕の帰りを一人待つツブ猫〓のこと、
そして、東北や三陸に住むワク友の安否。
ワクに入会し、日記をぼちぼち書き始めてから、まだ数ヶ月後のことだった。
それでも、被災地には数人の日記友がいたのだ。
深夜やっと家に着くと、ツブ君〓が肩に飛び乗ってきた。
ブルブル震えている。
冷蔵庫やタンスは、部屋の真ん中に移動し、食器は割れ、
冷蔵庫の中身は床に散乱していた。
停電はしていなかったので、急いでテレビをつけると気が遠くなるような惨事が映し出されていた。
東北への通信網の復旧は見通しがたたないと、テレビのテロップが伝えていた。
僕は呆然とツブ君を抱きしめながら、
まさかと思いワクにログインして見た。
トップ画面が表示された。
えっ、もしかして!
慌てて宮城のワク女にメールを入れると、数分後に返信がきた。
「怖いよ。酷いことになってる」
「こっちも余震が酷い。家族は固まっていろよ!気をつけてくれ」
残ポイントを確認しながら、長いメールを数回やり取りした。
そんな中、仙台のワク女からサイトメールが来た。
「怖いよ。何も見えない。そちらで分かる情報を知らせて下さい。
離れて海沿いで暮らしている母親が心配です!」
僕は、テレビのchを回しながら、彼女の母が住むと言う三陸の情報を引っかき集めて送信した。
ポイント残は、100を切っている。
「若林区にも、友達がいるんです。お母さんも友達も心配で、私も壊れそうです」
「しっかりしろ。お母さんは、○○○市のどこに住んでる?海沿いか?高台か?体は健康か?」
「体は丈夫です。家は微妙な標高なんです」
彼女の焦燥がメール画面で手に取るように分かった。
東北の停電の復旧には、確か3日ほどかかっていたと思う。
その間、彼女と10数回やり取りしただろうか。
結局、しばらく後で分かったことだが、
彼女のお母様は幸い無事だった。
良かった。
ポイントも、ギリギリ持たせた。
友達も少なかったあの頃…
日記が普及した今なら、もっと大変な事になっていたと思う。
でも、あの暗闇の中、ワクワク経由だけはメールが通じたと言う事実。
復旧後、彼女からは礼のメールをもらった。
あの年の、あの日あの時…
彼女のズタズタの心に、僅かながらでも安堵を与えられた事、
ワクワクに入っていて、本当に良かったと思った。
そこでですが…
ワクワク運営様にお願いがあります。
勝手ながら、このような大規模災害時には、一時的にでも
メールポイントを無料に出来ないものでしょうか?
または、後払いでも一向に構いませんが…
震災5年を迎えた昨日…
夜中に目が覚め、
猫を抱きながら…
ふと、こんな事を思い出して日記にしました。
コメント
2016/03/22 12:32
59. >>58 フッキーさん
ワクワクあなどっちゃいけない!
あの突然の甚大災害時に普通に繋がったって言うのは驚きだった。
今となっちゃ、どうって事ない話だけれど、
当時は本当にありがたかったと思うよ。
返コメ
2016/03/22 11:06
58.
ワクワク凄いね~
(ρ°∩°)
いい提案だと思うよ~!!
(σ゚ω゚)σ
返コメ
2016/03/20 23:00
57. >>56 キャラメル・じゅんさん
こんばんは。そちらもサクラ咲いて一気に春ですね。おめでとう!
あの震災で、僕のワクワクでの立ち位置が見えてきたような気がするね。
男女の出会いの場‥て甘い予感に誘われてフラフラと登録した僕ですが、
確かに出会いは膨大な数だけれど、いざ1対1になるとリアルと何も変わらない。
そんなに安々と手は出せない(笑)それぞれに人格も理性もあるわけだからね。
震災で被災地の人達とやり取りして、そんな事を実感したよ。
返コメ
2016/03/20 20:07
56. 東日本大震災は本当に怖かったです…
(´•ω•̥`)
"暗闇の中、
心配してくれる誰かがいて
一生懸命知りたい情報を集めてくれる。"
どれほど、
心の拠り所になったでしょう。
その方の人徳もあるし、
パパとの良い出会いがあったからこそ、ですね!
とかく出会い系は男女の出会いを
フォーカスし過ぎる感がありますが、
素直に人と人との出会いを大切にするサイトでもあって欲しいなぁと思います。(o^^o)
なんと言いましょうか…
基本、人柄に帰するんでしょねぇ。
♪(*´∀`*)人(*´∀`*)♪
返コメ
2016/03/15 22:04
55. >>54 ツブネコ
さん
本当に良かった(*^_^*)
もう年齢的に海外出張はないと思います
返コメ
2016/03/15 21:05
54. >>53 迦陵頻伽(*^艸^*)さん
内戦と言うと、中東とか北アフリカ?
それは半端なく危険ですね。
お兄さん、普段から危機に対して心構えが出来ているんでしょうね。
本当に無事で良かったですね。
返コメ
2016/03/15 18:09
53. >>52 ツブネコ
さん
そう…色んなことを考えましたよ
でもね、兄の仕事は出張が多くそれこそ内戦をしている様な所も……
なので兄からの初めての手紙は何か有った時には両親を頼むという内容でした
そうゆうのも有ったから覚悟はしていました
事務所は高台に有り海の状況が見えたとかで、社員に早めの避難を呼びかけ全員助かったと言っていました
工場は跡形も無く流されてしまいましたが……( ・_・;)
返コメ
2016/03/15 11:54
52. >>51 迦陵頻伽(*^艸^*)さん
おはよう
お兄さんが大船渡で一週間音沙汰なし!?それは、もう何も手につきませんね。
でもご無事で良かった。
本当に何もできないし、
もし何か有ったら?と思うと、身内でもないのにメールは憚られる。
もう、どうすればいいのか分からなかったですね。
返コメ
2016/03/15 1:33
51. あの時兄が大船渡にいて責任者だから職員のことを優先して
一週間連絡が取れなくて……( ・_・;)
本当に……そのストレスかその年は色々なことが有りました
今でも阪神大震災のことも思い出すし……地元の方達は苦難を乗り越え、トラウマもお有りだろうに…
それでも、苦痛を聞いて貰える人がいたのだろうか? しんどい時にしんどいと言わなければ引きずる時間も長くなるけれど…言えたのだろうか……
私達は募金はすれど無力で、即行動できる方は凄いと感心します!
返コメ
2016/03/14 14:42
50. >>49 みーさん
そうですね。日記は当時、限定日記なかったし考えもつかなかったね。
最後の方、簡単なやり取りには、確かひそ伝も使いましたよ。
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