放置扱い
「転居した人達の使っていた自転車が、自転車置き場に放置されています。住んでいる人達の自転車が停めにくいので、放置自転車を撤去してください」
アパートを管理している不動産屋さんに、ずいぶん前から夫がお願いしていました
『放置自転車を撤去します。お使いの自転車に紙が貼られていたら、お手数ですが剥がしてください』
プリントが入りました
「やっとボロ自転車がなくなって、置きやすくなるぞ」
喜んでいます
その話をした翌日の朝は、燃えるゴミの日
ゴミ袋を持って、自転車置き場の前を通りました
「あれ?」
夫の使っている自転車に、放置自転車の貼り紙があります
「放置自転車の苦情を言った人の自転車が、放置自転車扱いされてますよ~!」
写メってLINEで送りました
子どもにもウケたくて、同じ写メを送信しました
「よいよ、やれんのぉ」
帰ってきた夫が、ぼやきます
翌日、自転車で出掛けようと言うと、「パンクしちょる」と言います
車に乗せて、5分ほどの所にある大きな自転車チェーン店に行きました
タイヤを確認する店員に、夫が言います
「しょっちゅう、パンクするんちゃ。誰かがいたずらするんかねぇ」
「体重が問題じゃないんですか?」
突っ込みたいのを、我慢します
「そうですかぁ?チェーンが外れてるのは、わざとですかぁ?」
この店員は、ふざけた喋り方で言いました
「え?!」
夫が、驚いて覗き込みます
「ほんまじゃ…」
「カバーも割れてますしぃ、チェーンのサビがすごいのでぇ、油も射さないといけないしぃ、これを修理すると結構かかりますよぉ?」
チェーンを触りながら言います
「えぇ?!だから、貼られとったんか…」
夫が、挙動不審になりました
「5年半も、メンテナンスなしで乗ったんですから…。これからを考えたら、修理するよりも新しいのを買う方が、いいんじゃないですか?」
私が言いました
店員の目が輝いて、態度が本気モードになりました
突然の展開にあきれた夫は、店員に説明されながら付いて回るだけです
「これでいいよ」
「変速機も付いてないし、自力発電のライトだし…。最低でも3段変速でオートライトの方が、乗るのが楽です」
私がインチや変速機やライトのことで、細かい条件を出すと、それに合うのが何台か出てきました
夫の気に入った形と色に、決めました
店内に入って支払いをして、保険と防犯登録の手続き書類を書きました
「廃棄自転車手数料は1,080円いただきますが、新車ご購入の場合は半額の540円です」
「かかるものは、仕方ないね」
夫が私を見ます
「いえ、お金は出さない方向でお願いします」
私が言いました
「え?!」
夫と店員が、私を見ます
「放置自転車扱いで…」
「あ~、そういうこと?」
夫が納得しました
店員がキョトンとして、夫を見ます
「持って帰ります」
夫が、ひと言で説明を終えました
「はい~、わかりましたぁ」
店員にホッチキスを借りて、ついさっき捨てたばかりの『放置自転車の目印の紙』を、夫が車のゴミ箱から取り出して、壊れた自転車のハンドルに取り付けました
「最低でも2~3ヶ月に1回くらいは、メンテナンスに寄ってくださいねぇ」
サビて壊れた自転車を見せられた店員が、くどいほど念を押します
買ったばかりの自転車には夫が乗って、私は壊れた自転車を積み込んだ車を運転して、別々にアパートに戻りました
修理を断念した故障自転車を、自転車置き場の元の場所に戻しました
放置自転車扱いはかわいそうですが、このステキなタイミングを使わない手はありません
華奢な車体が悲鳴を上げそうな、重たい夫を乗せてよく働いてくれました
「ありがとう」
6段変速の折り畳み自転車の、サドルを撫でてお別れを言いました