「あれ？！こっち、自分で切った？！ほら、見て！」　
美容師さんの驚いた声で、雑誌から目を上げました
　
全体を同じ長さでカットしたのに、左右の長さが違っていて、左側が短いと言うのです

「眼鏡を取り上げられてるから、見えないんだけど？」

「そうじゃった！」
美容師さんが、笑いながら眼鏡を返してくれました

「ほんとだ～！切ってないわよ」
眼鏡を渡しながら言いました

「短くしたくないから『全体を１cm切って』って、お願いしたんだけど？」

「そうよね～、変ね～」
不服そうに鏡を見ながら、鏡に映る私の右の髪の毛を引っ張っています

「引っ張っても、伸びないよ？」
まだ、摘まんでピンピン引っ張る美容師さんに言いました

「おかしいね～」

「伸ばしたいから、３か月くらい前髪しか切ってないもん」

「そうじゃったね～」
まだ、不服そうです

「前髪は、鬱陶しい時に自分で切るけど…。他は切らないわよ」

「前髪だけ切ってって、来ればいいのにね～」

「横と後ろは繋がってるんだから、左側の横だけ自分で切るとか、あり得ないでしょ」

「あなたなら、やりかねないから…」

「しないし！ほんとは今、左側を切りすぎたんじゃない？」

「いやいやいやいや、それはないっちゃ！」

鏡を見ながら、ムキになって両方の髪の毛を比較します
「こっちを切って、長さを合わせるね～」

「合わせたいなら、それ以外の選択肢はないよね？」
右側だけ、更に鋏が入ります

「まぁ、全部の髪の毛が、同じ長さ伸びるわけじゃないからね～」
パチパチと鋏の音をさせながら、つぶやいています

「全体の伸び方が違うけど、私は左側の伸びるのが早いってこと？」

「そうそう」

「左右の伸び率、そんなに違うのかしら」

「人それぞれだからね～」

「実は、前回のカットの時に切り間違えてたとか？」

「ボケてて、気付かなかったってこと？」

「ボケてて、老眼鏡をかけてなかったってこと」

「あ～！それはあるね」

「認めるんだ…。ボケてていいよ。もうお支払いは済んだよね？」

「いやいやいやいや！払ってもらっても、『え？まだ貰ってないよ！』って、ボケるんよ」

「そっち？」


お喋りしている間に、カットが終わりました

「見て！今度は揃っちょるよ」

「だからぁ、眼鏡がないと見えないんだけど！」

「あ～、そうじゃった。完全にボケちょる…」
そう言いながら、眼鏡を渡してくれました

「お支払いは済んでるよね？」

「まだじゃぁね！」

「ボケてていいのに～」
笑いながら、お支払いをしました

「死ぬまで、鋏は握ってるかも」
そう言って笑う、30年以上のお付き合いの美容師さんは、もうすぐ70歳になります