(短編小説) 君は雨の日に、
40代前半  大阪府
2018/05/08 11:32
(短編小説) 君は雨の日に、
食事を終え、店を出るなり奥さんが言った。

「うわー最悪、やっぱ雨降ってるー!!」

心配する事はない。
この日は雨予報だったから僕らは傘を持参していた。

その時、目の前を1組の家族が横切った。
日曜の梅田はやっぱり人通りが多い。

「ねぇ、明日には晴れるんだっけ?
明日は雨だと困るんだけどなぁ。
・・・ってちゃんと聞いてる??」

僕は答えた。
「うっうん・・・聞いてるって!!
さぁ、どーだろ?やむんじゃない?」

歴史上やまなかった雨は
今のところ無いんだから





あの日も雨が降っていた。

僕が高校1年の時、彼女はやってきたんだ。

「教育実習で英語を担当します、中山めぐみです。よろしくお願いします。」

彼女はとても綺麗な黒髪を後ろで1つに結んで、メタルフレームのメガネをしていた。
小柄だけど、切れ長の目をした彼女は僕に大人の女性って印象を与えた。

もうね、脳天をピストルでぶち抜かれました
一目惚れだったんだ。

僕は窓際の席で雨の降る校庭を見ながら、彼女の挨拶を聞いていた。
どうやら彼女は小学校の時にアメリカに住んでいたらしい。

雨でびしょ濡れの校庭を見つつ、ネイティブの発音で「SEX」はどんな感じなんだろう、とか考えながらニヤニヤしていた。

あー、聞きてぇ!
あの端正な顔をした年上女性のネイティブなエロ用語の発音を!!

彼女はすぐに人気者になってた。
男子生徒は「めぐみちゃん」とか呼んでたけど、シャイな僕はいつまでも「先生」って呼び方しか出来なかったっけ。



ある雨の日、傘を忘れた僕は学校からの帰り道に駅まで濡れて歩いていた。

目の前で一台の車が停まった。
先生の車だった。

「カジノくん、風邪ひくよ!
駅まで送るから乗りなさい」

僕はお礼を言って車に飛び乗った。

「あらあら、びしょ濡れ!」

大人の女性の口から発せられる「びしょ濡れ」って言葉に思春期の僕はドキドキした。

「カジノくんってギターやってるんだって?
楽器できる男の人はカッコいいよ、頑張って」

僕は雨の降る窓の外を見ながら
「いや、まぁ別に」
なんてシャイ丸出しな返答をした。

駅まで送ってくれた先生は傘を貸してくれた。
白黒のストライプ柄のお洒落な傘だった。


その日家に帰った僕は、先生の言葉を何度も反復しながら部屋で1人ニヤニヤしていた。

「あらあらびしょ濡れ、だってさ!
くぅーーーっ!!」

僕は部屋で傘を抱きしめ、バタバタと床の上をのたうちまわっていた。
先生キレイだったなぁ。
「めぐみ」
誰もいない部屋で1人呟いてみた。
その名前だけがユラユラと部屋の中をいつまでも彷徨っている気がした。



翌日から僕と先生の距離は急接近した。

僕は用もないのに職員室の近くをウロウロして、先生を見つけては話しかけた。
英語に興味なんてないのに、わざわざ質問しに行ったりした。

とにかく先生の声が聞きたかったんだ。

毎日のように先生との会話を脳内再生して、夜になるとベッドの上で思い出してはニヤニヤしていた。

そしてあっという間に先生の実習期間は終わった。


最終日にお別れ会をした後、雨が降る校庭を眺めている僕に友達が茶化すように声をかけた。

「おいカジノ、このままで良いんか?
めぐみちゃん彼氏と別れたらしいぞ!」

なに!?
彼氏がいたのかっ!!
しかも内緒にしてたはずの僕の気持ちがこいつらにバレバレだっただとっ!?

しかし、しかしだ!
「傷心の女心には付け込める」って僕の愛読書ホットドッグプレスに書いてあった

今ならまだ間に合う!

僕は雨の中、駐車場に向かって走った。
車の前で先生を捕まえた。
先生はストライプの傘をさしていた。

「先生っ!ちょっと待って!」

声をかけた時、先生のメガネの奥の切れ長の目が少し潤んでいるように見えた。
きっと雨のせいじゃない。

「先生、あの、ちょっと聞いて
一度だけ・・・
一度で良いからオレとデートしてください」

「あはは そうね、じゃあ一度だけ」
と言って先生は電話番号を教えてくれた。

僕はテンションが上がりすぎて、先生の曲を作ったりしていた。

「こうやって名曲が生まれるんだなぁ」
なんて思いながら、夜中に安物のギターを下手くそにかき鳴らしては親に怒られた。

僕らは毎日のように電話をした。
先生の声が聞けるだけで僕は幸せだった。


デートの日、先生は白のブラウスに水色のスカートっていう上品な服装だった。
そして髪を下ろしてメガネを外していた。

先生のいつもと違う姿を見ただけで、
僕は胸がドキドキして死にかけた。

その日は映画を見て、2人でたこ焼きを食べた。16歳の僕が思いつく精一杯のデートコース。

しかし、この先どうしたら良いのか早くもネタ切れだ。

「ギター練習して先生の曲を作ったよ」

僕はたこ焼きを食べながら、カッコつけて言ってみた。

「えー、ホントに??
カジノくんの歌聴いてみたいなぁ。
うちにギターあるけど・・・来る?」

ななな、なんだこの突然の展開は!?

ホットドッグプレスにもこの展開への対策は書いてなかったぞ!!

「う、うん!」
僕は突然の展開に戸惑いながらも、先生の家に向かった。


先生の家はシンプルでオシャレな部屋だった。
16歳の僕にはそれら全てがオトナに見えた。

先生の家にあったギターはギブソンのJ-45。
僕にはとても手が出せない高級品だ。
別れたばかりの元カレのギターらしい。

僕は先生の前でギターを弾いた。


"君は雨の日に 微笑んでいた
目を合わさない僕を見て
ストライプの傘の下で"


初ライブを終えた僕のすぐ横で先生は言った

「ありがと、カジノくん

知ってる?
歴史上やまなかった雨って
今のところ無いんだって」

その距離の近さに僕はドキドキした
なんだかオトナの匂いがした

胸の高鳴りが止まらない
僕は溢れる気持ちを伝えた

「オレね、先生の事が好きです」

「ありがと、知ってるよ 」
そう言って先生は微笑んだ。


僕らはそっとキスをした

唇が触れたかどうかも曖昧な
とても不器用なキス


先生は僕に言った
「ねぇ、めぐみって呼んでみて?」

僕は彼女の目を見て「めぐみ」って呼んだ
いつも1人部屋で呟いていた名前
その響きは永遠に続くような気がした

恥ずかしくなった僕は照れ隠しをするように、彼女にお願いした。

「ねぇ先生、ネイティブっぽい発音でSEXって言ってみて?」

「あはは、バカ! 嫌だよー」

永遠を確かめるかのように僕は言った。
「めぐみ」
「はぁい、なにー?」
宙に浮いた言葉をようやくこの手に掴めたような気がした。
「めぐみ、大好きです」

僕らはもう一度キスをした

そして
それが最後のキスになった



数日後、先生に電話が繋がらなくなった。

僕にはあの日の感触が残っていた。

目を閉じれば先生の顔が浮かんだ
耳をすませば先生の声が聞こえた

永遠に続くんだと思ってた

僕は何度も電話をかけた。
でもなんとなく分かってたんだ。

サヨナラ

僕はベッドに寝転んで、天井を見つめていた。
天井の模様は少しずつ滲んでいき、一雫の涙が頬を伝った。

「めぐみ」

その言葉は少しの間、部屋をさまよって
雨が止む時のように静かに消えていった




夏休みが明けても僕は相変わらず窓の外の校庭を眺めていた。

例の友達が僕に近付いてきた。

「そうそう、こないだ梅田でめぐみちゃんが知らない男と手繋いで歩いてた!
あれ絶対彼氏やわ!
ヨリ戻したんかなぁ。
カジノお前、結局何も言わなかったん?」

そう言えば先生は言ってたっけ。
そうね、じゃあ一度だけ
つまりそういう事だったんだろう。

「いやいや当たり前やん!
まぁ年も違うし、相手にされないでしょ。
結局なーんにも気持ち伝えずに終わったよ」

僕は作り笑いを浮かべて見せた。
コレが今できる最大の強がりだ。

胸が締め付けられるように苦しかった。
息ができなかった。

そっか、俺は失恋したんだ

校庭は嘘のように晴れわたっていた。






僕ら夫婦は毎月1回、贅沢な外食をするようにしている。

食事を終え、店を出るなり奥さんが言った。

「うわー最悪、やっぱ雨降ってるー!!」


その時、目の前を1組の家族が横切った。
傘をさした母親らしき女性と目が合った。

僕は息が止まった

ストライプ柄の上品な傘
そして切れ長のキレイな目

彼女は微笑んでいた。
僕は思わず目をそらしてしまった。


奥さんは言った。
「ねぇ、明日には晴れるんだっけ?
明日は雨だと困るんだけどなぁ。
・・・ってちゃんと聞いてる??」

それはホントに一瞬の出来事だった。

君は雨の日に、
僕の横を通り過ぎて行った。

「うっうん・・・聞いてるって!!
さぁ、どーだろ?やむんじゃない?」


"君は雨の日に 微笑んでいた
目を合わさない僕を見て
ストライプの傘の下で"

通り過ぎた足音は、すぐに雨音にかき消された

サヨナラ

僕は振り返らなかった。
これで良いんだよね?先生


歴史上やまなかった雨は
今のところ無いんだから
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コメント

40代前半  大阪府

2018/10/28 11:53

13.  >>12 夏海(注:出会い不要系)さん
長文お読みいただきありがとうございます。

「悲しいけど美しい思い出」と「それなりに満たされた現在」の狭間に立った時、振り返る人と振り返らない人がいます。
きっとどちらも間違いじゃない。
幸せっていうのは「なる」のではなく「感じる」ものなんでしょうね。

2018/10/26 3:31

12. 日記にいいねありがとうございます ( ´ ▽ ` )

そして日記は短編小説、いいですね [ぴかぴか(新しい)]

昔の叶わなかった恋と、叶って家族になっている現実の交差、先生に対して変わらない態度をわざと貫く複雑な想い・・・。
先生もあなたも幸せで良かったです。

40代前半  大阪府

2018/05/10 1:20

11.  >>10 チェリーさん
簡単にフィクションと見抜くその眼力!
さすがだ、君には参ったよチェリーガール。

ノンフィクションバージョンでこの作品のキーとなるセリフをお楽しみください。

カジノ「ほらほら、先生。歴史上やまなかった雨は今のところ無いんだろ?」

30代半ば  京都府

2018/05/10 0:24

10. カジノさんなら、女性の部屋に行って大好きって言ってキスしたのにその先がないわけがないので、これはフィクションだとわかりました。

40代前半  大阪府

2018/05/09 9:39

9.  >>7 茶瞳さん
連休中にふと布団の中でこの話を思いついて一気に書いてみました。(あくまでフィクションですからっ!)
普段の日記は何日かかけて書くんだけど、架空の話なら結構スラスラ書けるもんですね。
大して誰もちゃんと読まないと思っていただけに何度も読んでもらえると嬉しいですね。男目線オンリーの恋愛モノってのも新鮮でしょ?(笑)
アイネクライネまた聴いてみますね!
長文読破ありがとうございました。

40代前半  大阪府

2018/05/09 9:33

8.  >>6 凛さん
いやいや、だーかーらー!
これフィクションですってば(笑)
ワクワクで恋愛経験語るほど野暮な紳士じゃないぞ!

脳天をピストルで~、の表現は僕も結構気に入ってます。16歳男子の脳内なんてこんなもん(^-^)家で1人好きな人の名前を呟いてるところとか、皆経験してるんじゃないかなぁ。
とりあえずまぁアレです。
ストライプ柄の傘を持った女には気をつけろってこと!

どうせなら山口めぐみにすれば良かった・・・
長文読破ありがとうございました!

50代前半  愛知県

2018/05/09 8:49

7. おはようございます(*´ω`*)

GW前に全日記つぶやきを読破できていたので
新しい、しかも短編小説という読み応えがありそうな肩書きの書き物を見付けて
待ってました、って感じでじっくりじっくり何度も読み返してみました

読みながら脳内で米津玄師くんのアイネクライネという曲が流れ
読み終わった今も
あたしの名前を呼んでくれた、というフレーズがリピートしています♪

さわやかオーラのカジノさんには
文字も曲もこういう甘めなテイストが似合っているなと改めて感じました☆⌒d(´∀`)

40代半ば  大阪府

2018/05/09 6:18

6. ノンフィクション作家デビューおめでとうございます(^-^)

なぜR指定じゃなかったのか謎は深まるばかり!
(タイトルは女教師めぐみ、だったはず)

個人的に
脳天をピストルで、のくだりが大好き。
中高生男子の脳内が可愛くて(^-^)
この頃の恋愛はいつまでも忘れない想い出、きっと二度とこんな恋愛はできないんだろうね。

…しかし、コレ今なら中山メンバーになる事案だね

40代前半  大阪府

2018/05/09 0:00

4.  >>3 ひらりさん
ね、あの時雨が降っていなければ、傘を借りていなければ、人生ちょっとしたことで全然違う方向に進んじゃうものなのかもしれないですね。高校生の頃は年上の人の服装が同年代の子に比べてすごく大人に見えて僕にとっては憧れる存在でした(^-^)
また読んでくださいね~!
長文読破ありがとうございました。

ひらり[退]
40代後半  宮城県

2018/05/08 22:46

3. 一瞬封印されていた伝説が明かされるのかと思いました…。あの時雨が降ってなかったら、何も起こらなかったかも?年上の女性ってこんな風に思われるんだ!そんな発見がありつつ、しみじみじんわり恋の気持ちを味わえる短編でした。また是非とも読ませてください(=゚ω゚)ノ

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