西南戦争の翌年、英国貴婦人のイザベラバードが東北地方から北海道まで伊東なる男を通訳として旅をした。江戸末期が色濃く残るその実情をイザベラバードが鋭く観察し記述した著書である。
通訳に米語では無く母国の英語を強要している。
イザベラバードが、米語は品が無いと一蹴している場面もあり………[かなり高飛車なオバサンと言える。そのような理由も伴い
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通訳、伊東氏はピンはねに専念していたようだ]。(バードハソノヨウニオモッテイタ)
迷信深い日本人が初めてみる西洋人の噂を聞きつけ、ワラワラと集まってくる様子やノミ、ダニ、シラミ等に毎晩悩まされてゲンなりきていたイザベラバードの四苦八苦していた状況等、この旅が大変なものだったことは拝読しながらよく伝わってきた。
ただ、最初他の英国人らから言われていた人的な危険は無く、寧ろかなり親切にされていたようだ。
それは彼らにとって西洋人が一生に一度拝めるかどうか分からないからと言う理由だからだが、野次馬根性丸出しで就寝まで覗き見しようとしていたのだからバード本人は堪らなかったようだ。
北海道に渡りイザベラバードが、この旅の最も観察したかったアイヌ民族とも共に生活をし同じ空気を共有している。
またアイヌ民族とアメリカのインディアンとの比較もしており、アメリカの対応に比べて日本国の対応はかなり優秀であったと述べていた。
アイヌ民族への差別は北海道民でないと分からないが今現在でも残っていると謂われている。
ということは当時、どれだけアメリカの人種差別は酷かったのかうかがい知る記述である。
また、“八重の桜”で多くの日本国民が知る事となった同志社大学の祖、新島ジョウと面談を行ったことも記載されている。
そしてこのあと、朝鮮、それから中国へ旅行をしていくのである。
※最寄りの市立図書館、県立図書館で借りられますので興味がある方はどうぞ行かれてみてください。